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盆正月

盆と正月。

日本人なら概ね特別な期間ですよね。

私の世代だとお盆は休みの形容詞と化して、本来の意味を見失いつつある気もしますが、人が集まる口実にはなります。

子供の時はお正月とか楽しみでテンション上がりましたね。懐かしい。学校は休み。その期間は怒られることもなく、みんなが平和で、お金はもらえるし、ご馳走はでるし、お出かけはあるし、TVも面白いし。

大学の時は5年間(ダブりました)、映画館でバイトしてて、盆と正月は書き入れ時だからバイトバイト。そういえば土・日曜祝祭日も休みもらえなかったけ。元旦はお客さん多かったなあ、どっか出かけろよ!って思ってたけど、出かけてるから映画館にきてたんだよなあ(ちなみに、日本の映画館は毎月一日は映画の日で、1,000円均一になります。当然元旦も)

社会人になったら、盆正月は連休というだけで有難かったな。

前に膵炎(一時期お笑い芸人に流行りましたが、基本飲み過ぎがなる病気)で病院にいった時に消化器科の先生が言われてました。『膵炎(の患者)は盆正月に羽目を外して運ばれてくる。おちおち酒も飲んでられない』ねえ先生、それ笑うところですか?笑うところですか?

最後に入院(二回目)したアルコール専門病院は、盆正月に(お酒からの)避難入院を受け入れてました。依存症の回復治療ではなく、『お酒、駄目』な年末年始を病院でやり過ごすためらしいです。自主避難なのかな?疎開させられるのかな?

去年までコンビニや酒屋という地雷を踏みまくり、酒瓶という爆弾を避けずにホイホイくらってましたから、そんなのあるんだってびっくりです。

盆正月

アルコールの治療を受けられた方、断酒会やAAなど自助グループにつながった方は常識でしょうが、アルコールのダークサイドに堕ちた人は危険な時期です。だそうです。
最初に聞いた時は、年がら年中飲んでるじゃん!もう関係ないよって思いましたが、断酒してナルホドと理解出来ました。アタマ悪過ぎです。お酒やめる発想なかっただろ、お前は。

前に記事に書いた寝室用のスピーカー買いました。計6軒も家電量販店を巡って、一ヶ月も迷って、結局Amaz○nで。ガソリンだけが無駄に…

でも、寝しなに音楽があるのはよいです。

すみません、関係無いです。
緊張して…

妻は他県出身です。

高校は寮。
大学は一人暮らし。
そして私と結婚。

だから、10代半ばで家を出て、何かない限り盆と正月しか帰ってません。

今日から帰省です。迷い悩みましたが、私も行きます。

私は一昨年のお正月を最後にいってません。
今年の正月は最初の入院中、今年の盆は最後の入院中。そして、あまり書きたくなかったんですが、今年の最後の入院の前に、子供の運動会をわざわざ見にきてもらった妻の両親に離脱症状かドライドランクか飲んでないのに暴言を吐きまくりました。暴言の内容は覚えてません。なぜそうなったかもわかりません。全く。ドライドランクという言葉も最後の入院で初めて知りました。

お酒を飲んでないだけに、暴言の罪も傷も深いと思われます。

その後、一度も会ってません。今も怒り心頭で、つい最近まで妻に別れて帰って来いと言われてたそうです。

さっき、一人旅を気取って先に行ってる子供から電話が掛かってきました。『何時に着く?』

渋滞が酷くなければ、約4時間。

そろそろ出かけるべきかな。

肝心の妻がいつもの休日の如く、ノンビリしているので。

イッテキマス 。


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飲む?

先日、別件ですぐ近くに行ったので、最後に(アル専病院には二回入りました)入院したアルコール専門病院に寄りました。
退院して三ヶ月、呼ばれてないけど毎月診察に行ってますが、この日は別目的。退院後の診察の度に病棟に顔を出してるんですが、担当だった看護師さんが毎回休みと重なってお会いしてなかったから、暮れのご挨拶と近況報告をしたかったのです。

私のモチベーションにもなるし、担当さんも喜んでもらえます。私は営業職なので、難易度の高いお客様が成約後に満足されているとpriceless、お金には変えられない喜びがあるのを知っています。

他の看護師さんよりサバサバしてて、(血の通った)厳しい担当さんですが、ミーティング中に詰所から出てきて喜んでくれました。(私は人の巡り合わせに必然を信じますから、他の方だったら今日は違うものになってたかもしれません)

私が恥じらう事なく(気持ち悪い表現ですみません)、元気ですよって、言える他人なので、少し余計におしゃべりをしました。

その中で、担当さんが驚かれたのは、私が今は抗酒剤を服用しておらず、退院と同時にやめてしまったことでした。
病院の周りには、徒歩10分以内にお酒が買えるお店が少なくとも4軒あります。バレるバレないはさておき、買う気になればいつでも買えました。見つかって、外出禁止になった人、強制退院になった人、逃げ切った人、逃げ切ったけど再入院した人、色々います。
入院中、主治医の先生から『一応、抗酒剤飲んで下さい』と言われたので、深く考えず服用してました。

私は抗酒剤を服用して飲酒した事が無いので、効果を体験してません。
たから、先生から聞いた話か、歴戦の猛者達の手柄話でしか知りません。猛者達はもれなく酒豪を自負するツワモノですが、もれなく大変な目にあったと語ります。お酒の話では自分が抜きん出てると語るツワモノが、抗酒剤(シアナマイドかノックビン)の話では、その辛さや大変さで話の足並みを揃えます。
頭痛、動悸、呼吸困難、悪寒、震え、のぼせ、倦怠感、痛み、下痢、嘔吐。
要は、肝臓がお酒を分解する働きを止めるので、超酷い二日酔いが、お酒を飲んだそばから襲ってくるそうです。

で、話を戻すと、退院して服用をやめました。今もお守りがわりに冷蔵庫に冷やしてますが。

主治医の先生にも服用をやめたのは伝えてますが、理由はまず副作用です。私の場合は、皮膚のかゆみです。7~9月の暑い時期、結構辛かったです。私は入院半ばからかなり状態が落ち着いていたので、多分、その時に先生に伝えたら、服用は止めてもらえたかもしれません。
が、ある人から、『抗酒剤は自分の為だけではなく、周りを安心させる為に飲んだ』と聞いて、なるほどと思い、俺は理性も回復してるんだ!みたいな意地も手伝い、入院中は服用を続けてました。
最後に服用したのは、丁度三ヶ月前の今日、退院の日の朝です。

退院した夜に、翌朝起きて服用するか、ギリギリまで考えました。退院時点で、病的な飲酒欲求は全くなく、お酒は一生分飲んだと割り切っていました。今までにない、断酒意欲が自分でわかり、そのうち飲酒欲求が襲ってくると謙虚に考えても、しばらくは大丈夫だと思いました。
そこでルールをきめました。落ち込んだり、怒ったり、負の感情が続く事があるようなら服用再開。それまでは、冷蔵庫でお休みしてもらおうと決めました。やめた最大の理由は、服用せずに断酒を目指したかったからです。

それ以来、冷蔵庫の脱臭剤に隠れてます。

そんなこんなで抗酒剤に頼らず済みました。

担当さんは、現在服用してない事も、入院中は我慢して服用してた事も驚いていました。
少し、ドヤ顔でしたが、正直今更感です。それ自体忘れてました。

私はありがたい事に体験談で聞くような我慢の断酒はしてません。

飲みたいと思ったら、正直に妻子に『飲みたいな』と言ってそれでおしまい。妻子も聞き流すし、私もだいたいすぐ忘れます。
ただし、退院後の今の私をあまり知らない人の前では言わないです。そんなの不安にさせるだけですから。

担当さんに暮れのご挨拶を済ませたその日の夜は、AA(Alcoholics Anonymous)ミーティングです。この日は、私を含め3人が断酒三ヶ月目のメダル授与でした。
AAミーティングでも公言してますが、AAには、断酒のためだけではなく、私を変える為に通ってます。

最後に、ここから少しトーンダウンです。

まだなのか、もうなのか、とにかく退院後の断酒は三ヶ月です。入院中も外出は毎日、外泊(帰宅)は毎週していたので、その期間をいれたら、最後に飲んだ6月からの通算だと半年ちょっと経ちます。7月2日入院でしたから、妻に確認すると、確か6月18日に『もう飲まないっ!』とかなんとか言って酔って飲み残しを処分しました。

あんなに愛し合ったのに、別れはシケた話です。

お酒の別れ話はここまでです。

ここからは、これからの話です。

AAのステップで、罪を償うにあたり、迷惑をかけた人を訪れるとあります。

大多数の方に出来てません。全員は無理です。
が、やらねばならない人はわかってます。でも、出来てません。

職場復帰はもうすぐです。つまり、まだ出社していないので、これも回復してません。

更に仕事のストレスにはまださらされておりません。

まだ見ぬ飲酒欲求のビックウェーブ、それは贖罪の途中や後に来るかもしれません。

せめて、贖罪が終わった時は、清々しい気持ちでいたいですが、謝っておしまいという問題ではなさそうです。人の傷や記憶は簡単に癒えません。

ただ、私一人が回復過程に乗っかってるだけです。それも、沢山の人に乗せて頂いたんです。中には私のためではなく、妻や子のために力を貸してもらえたんです。
認めてます。私はほとんど努力も苦労もしてない事を。わかってます。ただ、お酒を飲んでのたうちまわっただけだと。

というのが、スリップや飲酒欲求に苦しめられてない理由かもしれません。私の中で考えれば考えるほど、ケリはついてません。当たり前ですが、負の遺産がザクザク出てきます。

とりあえず、普通にしているとお酒のことはあんまり考えないので、断酒の事もメリハリをつけてます。『Alcoholics Anonymous(通称“ビックブック”)』を読む時は集中して読む。閉じたら考えない。ネットもお酒と時間潰しは別物にする。

でも、今になって、新たに記憶がよみがえったり、大なり小なり気づきもあります。

だから、まだ冷蔵庫には未開封の抗酒剤が入ってます。

できる事なら、お酒はもとより、抗酒剤も飲みたくありませんが、その時はそんな事は言えません。

どっちか飲むならどうする?

わかってます。

宿題

夜の11時。妻子が大きな音でTVのバラエティを観ながら、ポテトチップを頬張り、時折バカ笑いをしてます。下世話で低俗な内容です。ついに怒りが沸点を超え爆発します。『何時と思ってるんだ!となり近所の事を考えろ、非常識だ!それにこんな時間にそんなもの食べて!体の事をかんがえろ!だいたいそんな番組見て恥ずかしくないのか!モラルは無いのか!』

問題
何故彼は怒ったのでしょう?

1.隣近所に申し訳ないから or 寝られなくてうるさいから

2.家族に良識を持って欲しいから or 仲間はずれで淋しいから

3.夜のポテチは体に悪いから or 本当はお腹空いてるから

4.バカ笑いは品が無いから or 本当は一緒に笑いたいから

5. …すみません、もうこれ以上設問が思いつきません。ある方のお話を伺っていて、相手の立場で人の気持ちを考える時に、自分の価値観で考えるとなかなか分からないし、それ以前に自分の本当の気持ちも価値観が邪魔して分からないんじゃないという意味合いのお話を聞きました。答えを尋ねたかったのですが、自分で考えなよとの事で宿題にされました。それに対する答えというか、例えが上記です。こういう事だと思うんですけど。

叫び

今日は幾つか用があって、朝ごはん食べてから出かけてます。夜まで帰りません。晩ご飯は子供が作るそうです。メニューは何かな?年が明けたらアッという間に復職。雑用は済ませておかないといけません。まだお腹が空いてないから、お昼は早いけど、時間調整でコーヒーショップへ。以前、この隣にはアメリカンダイナーみたいなお店があって、何度かバーボンをあおった事がありますが、今はありません。バーボン、大好きでした。いえ、ビールとバーボン以外はお付き合いの席でしか飲まないくらいでした。すっかりバーボン興味無いな。でも、ビールは飲みたくなります。

ということで、『たまにはビールが飲みたいっ』(心の叫び)

スッキリしました。

たまには心のオリを出さねば。

grandeサイズのコーヒーを飲み干したら次の用件に移動です。

心のオリは、向かいの川に流れて行きました。

カラオケ

連休を利用して、今年の我が家のクリスマスのイベントが終わりました。クリスマスというかお楽しみ会というか、お金はかけず時間を気にせず好きな事をする会です。去年のクリスマスは病院にいました。アルコール依存症で入院直後でした。妻子からのクリスマスプレゼントはメッセージカードみたいなものでした。探して取り出しました。クリスマス用の飛び出す絵本で、巻末に妻子からのメッセージが書いてます。去年はこれを見ながら、自分の不甲斐なさに、来年は良いクリスマスにすると考えました。その時の“良いクリスマス”とは、病院なんかに入っておらず、ちゃんとプレゼントを用意出来る自分が家にいるクリスマスだったと思います。断酒も真剣に考えていません。自己チューなクリスマスです。そして、それからこの一年は色々ありました。まだ家族がいて良かったです。プレゼントを買って渡すだけの酒乱がいなくなって良かったです。去年の妻のメッセージにこんな事が書いてました。『ありのままの自分を認めてかえていけたらきっと違う新しい世界がみえてくるよ』今の私は、アルコール依存症をお酒のせいにしてません。断酒を始め時はわかりませんでしたが、今は私に問題があると認めているから断酒も続いています。妻はわかっていたんでしょうか。結局、社会人としてだけではなく、根本から私は一年遅れなんです。メッセージにはこうも書いてます。『あせらずゆっくりでも確実に前に進もう!』のろまだけど、三歩進んで二歩下がってるけど、まだ前には進めてます。私には、まだ越えられない何かがあって家族に100%正直になれていません。嘘なんかついていないですけど、言えてない事があります。多分こんな事です。まだ待たせるけど待ってて。いつまでも待っててもらえるなんて思ってないけど、もう少しだけ。今年は無くしたものがあったけど、気づく事があったから。来年はもっとバランスをよくするから。来年も飲んでないから。こんな事が言えないなんてと思うのですが、前の私は簡単に口に出して簡単に裏切ってました。まだ自信がないから、言葉の重みが分かるから、口には出せません。まだまだです。

ところで、冒頭に書いた“イベント”ですが、妻子が大好きな『カラオケ』です。飲み物もピザもポテトもケーキもお店におまかせで、ひたすら歌うカラオケ。家族三人水入らず。18時スタートの連続11時間オールナイト。チキン無し。お店選びと予約は妻で、あとは気が済むまで歌うだけ。場の仕切りは子供の役目。疲れたとか歌える曲が無いとか通じません。必ず公平にローテーションが回ってきます。ちなみに私は絶望的な音痴。カラオケマシーンの歌別オンラインランキングで、下から2番目を二回も取りました。自他共に認める有名な音痴ですが、今まで友達や職場の人は一体何を思ってマイクを握らせてきたのでしょう。今回改めておもいましたが、あれは人災級です。今後、素面で他人と歌いに行けるだろうか?10年以上笑って聞いてる妻子は凄いと思います。逆に妻は周りが自信喪失するド級の域の歌唱力で、演歌からPOPS、懐メロから洋楽まで歌い倒します。私は音痴ですが、人に笑われるのが辛いだけで、歌うのが嫌いなわけではありません。しかし、11時間とは。ラスト4曲は子供が一人で歌ってました。大学時代、オール(ナイト)の番長だった妻も子供には勝てなくなったようです。今までドン引き級の飲み方をして私ですけど、妻よ子よ、こんな不健康な遊びは年に一回くらいにしてね。疲れました。

煙草

手元の煙草が残り一箱です。1カートン買ってだいたい一ヶ月持ちます。お酒は味を覚えていつしかコントロールを失いましたが、煙草は吸い始めた年齢以外は本当に優等生です。吸い始めたのは20年前(成人する5年前)で、銘柄(真ん中の赤い丸に英語で幸運がどうたらって書いてある、アメリカの息がかかった国ならどこにでもあるアレ)も本数(日に5~10本、一箱吸った事は無いかもしれません)も変わりません。吸い始めたきっかけは恥ずかしい話ですが、中学の部活を引退して暇してた時、アクション映画の名作『DIE HAR○』を観てです。主人公のBruce Willis扮するJohn McClaneが衝撃的にカッコ良くて、すぐに煙草とタンクトップを買いに走り、形だけ入りました。残念ながら、カッコ良くなれませんでした。時代の流れか、Johnも2作目以降は煙草を吸ってません。Johnは煙草をやめましたが、私は煙草に関してはブレずに時が流れました。本数も銘柄も変わらず。社会人になってからは、仕事の合間の気晴らしでした。逆に休みの日は吸わなくなりました。元々、自宅は禁煙ですし、働いていない時は吸わなくても気になりませんでした。土日や連休中は休肺日です。休み明けの一服は立ちくらみがしてました。煙草を取り巻く環境も厳しくなり、会社や営業車は全面禁煙。ビルの喫煙所やコンビニの軒先が吸える場所に限定されると、だんだん吸えない場所では吸う気がおこらなくなります。なので、自宅購入を機に一度やめました。禁煙の秘訣を聞かれて、『15(歳)で始めて、15(年)でやめたからキリが良かった』(意味不明)なんて言ってました。3年と少し続きました。スリップ(再喫煙)のきっかけは入院です。アルコール専門病院に入院して、我慢の代わりが欲しかったからです。で、今は喫煙者です。正直言って、今はあまりやめようと思ってません。お酒をやめて体調だけは良いので、危機感がありません。でも、やめるなら今かなとも思います。理由は仕事と健康です。大した本数は吸いませんが、仕事中は喫煙欲求がでると集中力が欠けるので、なかなか禁煙に踏み切れませんでした。復職まで2週間ですが、復職したらしばらくやめれそうにありません。大の煙草嫌いの妻ですが、ストレスを考えたら、しばらく禁煙自体考えるのやめたらと言ってます。それも一理あると思います。アルコール専門病院の先生も、断酒ビギナーに禁煙は勧めないようです。酒も煙草もやめろって言うのは内科医ぐらいのようです。でも、正しいのは内科医なんですよね。別に誰からも禁煙を迫られてるわけではありません。妻以上に煙草嫌いの子供もお酒を飲むくらいなら煙草で我慢してって言ってました。こんな意見がやめる気を削ぐ反面で、こんな事を言われているうちに悪い芽は積んどけとも思ってしまいます。私は二つの不治の持病があります。アルコール依存症と糖尿病。どちらも、お酒さえ、もしくはお酒を沢山飲まなければなりはしなかった病気です。断酒中で、糖尿病も合併症の注意はしてるので、今現在は健康面で困ってません。どこも痛くないし、ご飯は美味しいし、夜寝て朝起きてよく眠れてるし。薬だって、血糖を抑える薬以外はお世話になってないし。だからこそ、どっか悪くなってからじゃ遅いんだぞと思いながら、買い置きの最後の一箱を眺めてました。

時間

昨日かかりつけの内科に行った記事を書きましたが、その時の事です。私のかかりつけの病院はアルコール専門病院と内科クリニックの二つがあり、昨日は糖尿病を診てもらってる内科の方です。診察中に先生が急に小声で『離婚はしてないの?』と尋ねました。『してません』と私。『良かった、奥さんは立派だよ。普通は逃げるよ、離婚ですよ』どういう事かと言うと、お酒がやめれずアルコール専門病院に入院したため、一年前のアルコールで見た目も中身も言動もボロボロの姿が、先生から見た私の最後の記憶になっていたからです。アルコール専門病院を退院してから昨日は3回目の受診でしたが、色々検査で内臓が飲んでない事を証明したからでしょうか、急にプライベートな質問でした。人の話を聞かない先生なので、あと数回は聞かれる可能性がありますが、ちょっと考えるきっかけになりました。一年前に仕事を休職してからアルコール専門病院に入院して以来、退院と自宅療養、再度入院から現在の自宅療養に至ります。その間、妻子以外で現在の私を知る人は殆どいません。断酒している事を知っているのもアルコール専門病院の先生やスタッフ、AAのメンバー位です。復帰が決まった職場も、人事の関係者にしか会ってません。それに人事の人はまだ半信半疑でしょう。悲しいけど、信じてもらえないのは仕方がありません。というより、断酒云々は私の都合です。私がしてきた事の清算は何もしてませんし、私と関わりのある人たちとの再会と関わりの再開もまだです。最近何度か会ってる内科の先生でもあんな感じですから、人とのやり直しは本当に難しいでしょう。妻子だって、まだ元通りとは思ってません。私や妻の親兄弟にもあってません。職場も人事と連絡をとってるだけで、復帰したら人事は直接の関わりはありません。友達も、一人だけメールしてるだけで、あとは避けてます。私と人の時間は止まったままで、人の時間の流れからはおいていかれたままです。私には私の時間が流れてましたが、交わらなかった流れです。2012年は年の始まりから閉ざされた年でした。終わりにあたって出口が見えつつあります。2013年は人生のやり直しです。自分本位にならず、謙虚であり、我慢が必要です。来年の終わりに寛解という言葉が見えれば良いなと思います。

エコー

前回かかりつけの内科に行った時に、年内の診察は今日が最後だなって思っていたら、『近いうちにエコーを受けて下さい』って言われました。で、予約をいれたら、今日になりました。それもお昼前。エコーの注意事項は、食事抜き…自分の都合なら一食くらい食べなくっても大丈夫なのに、食べるなって言われたらお腹はグゥーグゥー文句を言います。空きっ腹を堪えて病院に行ってきました。エコー自体は予約をしてあるので、すぐに通されます。エコーって苦手なんです。なぜかと言うと、この病院は品の良さそうな女性の先生がエコー担当なんですが、その先生が顔を曇らせ、明らかに普通ではないという目つきでモニターを睨んでるからです。その上、見えづらいらしく、途中で水を飲まされたりして、何度も何度も器械をお腹に押し付けてきます。で、そのあと結果を見た院長に叱られるのがいつものパターン。ただ、もう半年お酒は飲んでないし、前回の血液検査で肝機能の数値は正常値になってたし、腎臓だって異常無しだったから大丈夫だろうと心配はしてませんでした。エコーの部屋に入り、久しぶりのエコーの先生にご挨拶。先生は私とカルテを交互に見て、一瞬引きつった笑顔です。私もつられて苦笑い。ベッドに横になりエコー開始です。『息を吸って下さい』『止めて下さい』『右を向いて下さい』『左』指示通りに動きます。『はい、終わりです』えっ、もう?びっくりして『終わりですか?』って尋ねると、『見やすくなってました』との事。一体今までは何だったんだと、改めて飲みまくっていた頃を反省します。このあとは院長の所見を待ちます。今日は診察室が説教部屋にならずに済みそうだと思うと、安心して空腹を思い出します。待合室でスマホを取り出し、近場の飲食店をググります。頭の中は炭水化物一杯です。近くて、手頃で、駐車場のあるところ。散々お店を迷って決めた頃、ようやく院長の診察です。新しい異常はなかったみたいです。エコーの先生が別人だったと言われてたそうです。嬉しい話ですが、途中から予想できていたので、頭はご飯で一杯です。お礼もそこそこに、病院を出て目当ての店に飛び込みました。17時間振りの食事です。席に着いて、メニューも見ずに『山かけそばとカツ丼大盛りっ!』…なぜか20代の頃の勢いでした。車に戻って、しばらく動けませんでした…

ノンアルコール

師走。世の中の人は文字通り、忙しいでしょうね。社会人4年目くらいの仕事納めの午後、全く仕事が片付いておらず(多忙というか仕事の進行の段取りが悪い)、ギリギリまでヒイヒイ言いながら会社とお客先を往復した覚えがあります。懐かしい。復職も正式に決まったので、残りの休職期間はしっかり心を休めようと思ってます。Norah Jonesを聴きながら(歌は前から知ってましたが、お顔が可愛くて今更マイブーム。よくある事です。今まで、一体何人の女性がマイブームになったでしょうか)、今年の時事ニュースの解説を読んでます。こういう情報を漁る時は、
1.個人的に興味がある
2.仕事に関係がある
3.トークの引出しに入れて、いつか役に立てばラッキー
てな感じに分類されます。改めて目にとまったキーワードが『ノンアルコール市場』。飲料市場はブームがあって、『お茶』『ミネラルウォーター』『炭酸』。アルコールなら『発泡酒』『第三のビール』。市場の景気動向や消費者の健康志向でメーカーは左右されてますね。私は超ミーハーなくせ、人が騒いでる物には乗っからない天邪鬼ですが、上記なら水は色々買って飲みました。さて、『ノンアルコール』というジャンルは、アルコールこそ入ってないものの、社会的に“お酒”のカテゴリーでしょうね。若者のアルコール離れ(若いのに飲まないの?)や健康志向、女子会やママ友のランチなどが売り上げを支えているそうです。リスクを気にせず、気分が味わえる(もしくは場の気分を損なわない)。あっち(病気にあらず)ではアリですね。こっち(ビョーキ)の専門家(アルコール医療の従事者や断酒の道の偉い人)はナシだと言われてます。特にノンアルコールと表示されているビアテイスト飲料は、微量のアルコールが含まれる(法的条件以下ならアルコール0%でOK)場合があって、医学や科学的にアウト。精神的にも飲酒欲求を助長する可能性が高いから飲むべきでは無い、ということだそうです。飲まないに越したことがないんでしょう。断酒に関しては、専門病院の人や断酒で一日の長がある人の言うことは無条件で聞く事にしてます。なんせ、私はアルコールで失敗を重ねた人間です。私の考えより間違えないと思います。微量のアルコールに関しては、正直言うと調味料とかお菓子とか栄養ドリンクは少し目をつぶってますが。でも、ノンあるカクテルは飲んだ事がないので分かりませんが、ビアテイストは美味い不味いの違いはあれど、ビールを模して作られたモンですから、危険でしょうね。ノンアルコールでキッパリとアルコールの代わりになる人にはとやかく言いません。私に関しては、無理~ですね。アルコール専門病院に入院中の初期はコンビニの前でノンアルコールビールならなんて、不埒な考えがありました。飲酒欲求が落ち着くと、ノンアルコールビールにも興味が無くなり、逆に『なんちゃってビールにお金払って飲んでも、あとで虚しくなるだけ。Hな本と同じ。』なんて吹いてました。今も、ノンアルコールビールを飲まない理由は、周りの意見も含めて沢山言えますが、この記事を書きながら考えを整理して自問自答を重ねたら、珍しく答えが出ました。やましいからです。科学的根拠やら色々並べましたが、何か我に帰った気分です。グダグダの駄文にお付き合いして頂いた方には申し訳ないですが、一人で納得してます。あれ?今日はこんなオチをつけるつもりだったかな。

良かった

先日の記事に書いた『仲間』のスリップの件。

翌日、飲まずに病院に来たそうです。

良かった。

弱い

アルコール専門病院を退院してもうすぐ満三ヶ月。今のところ、心配になるような変調もないですが、転ばぬ先の診察に行きました。特に先生から通院の指示がないので、自分から行ってます。以前は見栄と嘘を特盛りで診察を受けていた上に、先生の診断なんて聞いちゃいなかったですから、自己負担3割の診察料を無駄にし、否認の病気(アルコール依存症)を悪化させてました。今は、先生からの指示を受けるというより、ありのままを話す事自体が治療だと思ってます。幸い、退院後は先生からの指示もなく、危ないか危なくないかの確認に行ってる感じです。病院までの移動と診察の待ち時間がなければ、本当に楽なもんですし、先生以外のスタッフ(看護師.OT.ソーシャルワーカー)に顔を見せるのも私自身の為なので月に一度は足を運びます。依存症患者の断酒の原則は通院と自助グループと抗酒剤だそうです。私は抗酒剤は飲んでません。自助グループは毎週ではないですが、最低月に二回は行ってます。ゆるい我流なペースですが、通院は再発防止の最低ラインです。断酒経験の諸先輩はご存知の事ですが、断酒頑張ってるなんて話は病院か自助グループでしか出来ません。私は他の方との話と比較すると、今はまだ断酒で苦しんでませんが、時には家族以外にも断酒続いてますって言いたいですし。だから、そろそろ病院に行く頃かと思ったら、面倒臭いなと言いつつ出かけています。病院に行ってる事は順調な証です。今回は、復職のメドが立った事も報告しようと思ってました。病院で診察を待っていると、知ってる顔の患者仲間とスタッフが話を始めました。不穏な空気です。人伝に聞いていた情報もあり、内容はすぐ察しがつきました。先に私の診察は短時間で何事も無く終わり、その後で当の患者仲間と話をします。内容は伏せますが、スリップ(再飲酒)です。落ち込んでました。弱々しかったです。虚勢だとは分かっていますが、普段は怒りっぽい人です。初めて見ました。酒臭さが鼻につきました。ずいぶんご無沙汰な臭いです。人の事を言える身では無いですが、人からする酒の臭いは嫌なものです、今日は特に。少ない会話でしたが、一つだけ意見を伝えて別れました。頭をフル回転させ、言葉を選び、希望を込めて。今日は入院中に担当だった看護師さんがお休みだったので、会計を済ませてとっと帰りました。悲しい気分です。詳しい全体像は分かりませんが、色々あったようです。断片から推測するに、既に複数回のスリップをして、問題のある言動をして、病院側から見て改善の兆しが見えない、というような状態だろうと考えました。これは私の予想です。違うかもしれません。事実は分かりません。ただ、起こってしまった事は本人や病院の問題ですから私が知る必要は無いんですが、気がかりは患者仲間がもう病院との繋がりが切れてしまいそうで不安になりました。お酒をやめたい気持ちは今もあるようです。気持ちの大きさは分かりませんが、本心だと思います。今の状態で離れてしまったら、好転は厳しそうと感じました。正論吐いても説得出来ない事くらい分かってます。というより、私の知ってる仲間の情報の諸々から精一杯仲間の立場で想像すると、傷つけるし追い詰める事になると思いました。だから、明日また病院に来て次はどうするか考えた方が良いのでは?とだけ伝えました。

帰り道、人が飲んでしまった姿を見て、半年前までの自分を思い出していました。そして、私の家族がどんな思いだったかを考えました。これは私が自分を律する経験にはなりました。

だから何だ?何とかならんのか?

悔しい

極端

選挙が終わりました。これから先の事なんて全く分かりませんが、投票結果は予想通りでした。前にも書きましたが、私は私の思う大人で私の理想の社会人でありたいので、当選結果や思想、個別の主義主張には触れません。が、今からしばらくは私が嫌いな批判や主張が噴出すると思います。批判や個別の主張がまかり通らない世の中は不健康だと思いますが、ヒステリックなものや極端なものが嫌いです。品の無い話し方。人の話を聞かない(聞く気が無い)主張。これだけでいい事いう人でも台無しです。無知の知を知らないような人、偉そうな態度も嫌いです。別に、話せば分かるなんていうつもりはありません。博愛主張でありたいと思いますが、事と次第によっては、強硬な手段を辞さない事もあると認めてます。ぶっちゃけ、こういう話は、残念ながら交わる事なく平行で終わったとしても、仕方が無いかと思ってます。ただ、そうは言っても、何もしないとか、はなから諦めるわけにはいかないので、デリケートに扱うべきだと思います。タブー視扱いは論外です。それこそ偏ってるというものです。理想は丁寧に主張し、丁寧に主張を聞く事です。そこまでやって、後は第三者に評価や指示を投げるべきです。駄目なものには駄目と言うべきですが、今回もネガティブキャンペーンと言うには程遠い様相だったと思います。取り巻く環境は悠長な事を言ってられない状況にあるかもしれませんが、知性や品格、度量や実力を疑うような個人や集団は嫌です。付け加えるなら、他方を右とか左とか決めつける風潮も疑問です。だいたい、ここまで幼稚と思える主義主張の個人や集団程、そういう発言をしているように思えますが、意味分かってるの!って感じです。全体的な体制ではなく、個別の主張において右やら左やら、言葉だけが発せられていると思います。本当に思想や政治を考えている人に失礼です。まあ、本当の右やら左やら極端なのは好きではありませんが、左右が『馬鹿』『アホ』あたりの言葉に成り下がっている気がします。そして、上記に書いたこと全ては、メディアやウェブを見て、私自身が気をつけていかないと思ったことです。こういう姿って、政治経済に限らず、日常の普通の会話でもあることじゃないでしょうか。むしろ、普通のエゴが政治的な場に持ち込まれている気もします。

リセット

家にいると妻子の言動にイライラする。TVを観ると出演者が偉そうに見える。ネット上の言論が愚かに見える。公共の場で品の無い人がムカつく。主義主張を否定する。危ない兆候です。人間性がねじれて怒りが頭や心を支配されつつある時です。以前は感情のあるがままに任せてましたから、今は少しだけマシになりましたが、やっぱりダークサイドに堕ちる自分がいます。怒り=飲酒とはなりませんが、全てにおいて自制が緩みます。怒りを我慢出来るほどストイックでは無いし、我慢はストレスになりそうなので、怒りや嫉妬は腹式呼吸で気を落ち着かせて忘れます。あくまで、マイナスな感情を忘れるだけです。見た聞いた感じた事実だけを出来るだけ冷静に捉え、何故自分が怒ったり嫉妬したかを考え、実は大した事は無いと結論が出ればクリアーです。感情がリセットされます。(5割強くらい)事実を避けず、人を否定せず、自分本位にならない。もし輪廻転生があるなら、私は前世で人間の経験が無いのでしょう。なかなかままならず、相変わらず他者を見下し自己チューです。人間道の修行は死ぬまで続きます。でも、まだまだノビシロがあると思えば続きそうです。

ばったり

朝、部活の練習に出る子供を学校まで送って行きました。家に戻る前に一服したいし、ちょっと甘いものが欲しくなり、手近なコンビニに入りチョコとコーラを買って店を出ます。『diehard0(私)君』、不意に呼び止められます。振り返ると、会社の先輩でした。業種が違うので同じ部門になった事はありませんが、お世話になった方です。一瞬思考が飛びました。一年お会いしてなかったし、やはり自分がアルコール依存症で休んでいる身だから、心身のいろんなところが萎縮します。会社に関係しそうな場所なら、ばったり誰かに会うことも想定しますが、自分の家近くの生活圏内で、土曜日にしては早い時間。想像もしてませんでした。私が普通に社会生活をしていたら、休みに出会っても決して嫌ではない人。逆にどうでもいい人や嫌な人なら大人の仮面で適当に挨拶してスルー出来ます。だからこそ、きちんと復職するまで顔を合わせたくなかったと思います。挨拶の言葉と同時に姿を観察すると、部屋着に上着を引っ掛けた感じ。尋ねると、近くに引っ越してきたそうです。全く知りませんでした。が、この人の社内の交友関係は、更に私に近い人が多い。ここで余計な事を言ったり聞いたりするのはやめようとアラートが鳴り響きます。とりあえず、先日復職のメドが立って、年明けから復帰が決まった事を話します。『(休みが)長かったねえ』との事。彼は私がどうして長く休職しているかの理由を知っているのか分かりません。ただ、色々ひっくるめるとご存知の可能性がかなり高いと予測は出来ます。私が『自分が招いた事ですから』と言うと『いや、まあ』と曖昧な相槌。理由に食いつきません。ここでこれ以上『もう大丈夫です』とか『ご心配をおかけして』とか、ましてや休みの間の経緯とか話をしても全てが自分本位で意味がない。単純に考えて、私を気にしてくれたから彼からお声掛けしてもらって、気を使って言葉も控え目。罪悪感のような気持ちを抑え精一杯の愛想笑い(果たして笑えていたかどうか)で、『来年からまたお世話になります』と言って別れました。正直言って、何であんなに硬直したか分かりません。これを書きながらいつものように自己分析をしましたが、今日はよく分かりませんでした。休職して最初の入院の後に、断酒も出来てないし、精神的にもかなり病んだ状態で復職を試みましたが、見破られて失敗した経緯があります。その時の恥ずかしさ、時間が経つと嘘をついて心配を裏切った事が重くのしかかり、それ以来は人事の担当の方以外は会社の人とコンタクトを絶っていました。そのツケとも言えますが、先が思いやられます。

スピーカー

家で過ごす時間は殆ど寝室にいます。起床して玄関から新聞を取り、震えながら台所へ。お湯を沸かし、昨晩の洗い物を片付けダイニングへ移動。ヒーターの前で新聞を開き、ざっと読んだら、妻子を起こします。新聞の続きを読み、時計を見て語気を強め再度妻子を起こします。二人のバタバタを尻目に新聞を読みます。子供が先に学校に行きます。バタバタの片方が出たあとにご飯を食べます。リビングに移りTVのニュースを見ます。残った方のバタ(妻)が仕事に行きます。余談ですが、このバタバタ親子は顔もバタくさい。3日に一回は親バタがバスに乗り遅れた(バス停目の前なのに)という事で、職場まで送って行きます。(寒いから乗り損ねは確信犯と分かってますが、今の私に出来る数少ない恩返しなので)無事に妻の出勤が終わったら、洗い物と掃除。これで一度寝室にこもります。寝室では読書です。フレデリック•フォーサイスの新書、『アルコール•アノニマス(通称“ビックブック”)』、自由国民社の『現代用語の基礎知識2013』(この一年仕事してないので情報収集)を交互に読みます。お昼になり寝室を出て、お昼ご飯を食べてリビングでまたTVのニュース。そして寝室に戻り、ネットか読書の続き。これが15時過ぎまで続きます。それから冷蔵庫を覗いて最寄りのショッピングタウンへ。一日一回は必ず本屋に行き、それから晩ご飯の買い物。帰って晩ご飯の支度をしたころ、疲れた1号と疲れた2号が帰ってきます。晩ご飯を食べて、リビングでTVとお茶タイム。妻がCATVで予約録画した海外ドラマ(分かる人は分かるNCISとかボーンズとかニキータとか)を消化します。外ドラは私の影響ですが、長らく観てなかったのでサッパリ話が分からなくなり今は横で眺めるだけです。うちの子供は寂しがり屋というか、一人で自室にいる事がなく、宿題とのタブレットと漫画と携帯という、リラッ○マセット(所持品の何かしらにリラ○クマがついている)を抱えて、やはり横にいます。そして何となくお休みの時間となり一日が終わります。こんな感じが、休職中の平均的な平日の私の一日です。来年のお正月気分が抜ける頃、私は一年振りに職場復帰ですので、もう少しだけこの生活が続きます。こんな訳で日中と就寝中は寝室にいるので、寝室に欲しいアイテムがあります。スピーカーです。欲を言えばオーディオ一式が欲しいのですが、一応リビングにあるので我慢します(妻によると家電購入の優先順位は決まっているそうですから)。で、スピーカーです。以前もブログでスピーカーが欲しいと書きましたが、そのあとでのプレイヤーの為だけにスピーカーを買うのは勿体無いと、一度は熱が冷めました。それがネットラジオを使い始めて再燃したのです。PCやスマホで聴けるネットラジオ。国内外の数万の局をチューニングでき、豊富なジャンルが新旧問わず視聴できる。無料で有線放送のようなスタイルが素晴らし過ぎます。ド音痴の私ですが、学生時代までTVよりオーディオを優先していたくらい音楽は大好きです。仕事の忙しさから音楽のこだわりが薄れ、アルコールに依存して音楽を楽しむ事が皆無になってました。少し、アルコール依存症が回復しつつ、もう少しで仕事に戻る今こそ、音楽を楽しむ時ではと思っているのです。ということで、欲しいスペックは、出力が2W以上、Bluetooth対応、ミニイヤフォンジャック有り、ACアダプタ有り(できたらウーハー有り)で、音質と金額は折り合いがつくものです。明日、子供を部活に送って行ったら、その足で店に行こうかな。

すき焼き丼

来月から職場復帰が決まりましたが、それまではこれまで通りの自宅休養です。一応、炊事と掃除や買い出しは引き受けてます(年頃の子供の分を含め女性の服は扱いがわからないので洗濯はやりません)。夕方には読みかけの本を放り出し、晩ご飯の準備にかかります。大体スーパーを歩きながら献立が決まります。今日は、久々に牛肉が食べたい。すでに今シーズンは鍋をかなり食べてるから鍋はパス。だけど暖かいものが食べたい。子供は肉とご飯をがっつり食べたい。以上の理由と私の乏しい料理のスキルから、牛すき焼き丼に決定。買い物を済ませ、炊飯器MAXでご飯をセット。家族の帰宅後、調理開始。フライパンにゴマ油を熱し、牛肉と白ネギを炒め、更に白菜を追加。そこに出汁とみりんと料理酒(本当はアルコール依存症者には厳禁ですが、臭みを飛ばし美味しく食べたいのでしっかり加熱しアルコールを飛ばします)を加えて、炒りつけます。具に下味がついたら、更に出汁を入れて、椎茸と豆腐を投入。熱が通ったら、醤油で味付け。完成です。丼にご飯をよそおい、フライパンからすき焼き風なものをかけて頂きます。お好みで一味をどうぞ。付け合わせは壬生菜の漬物。かき込んで、濃い緑茶でフィニッシュです。やっぱりお酒が飲みたいなと思う事はありますが、お腹が満たされると飲酒欲求はなくなります。どうでもいい事ですが、満たされた気持ちで眠りたいので、晩ご飯の残骸の洗い物は朝一番に起きて片付けます。プチ現実逃避です。朝から洗い物すれば目も冷めるし、そのまま朝の支度に移れますからね。でも、今日のオカズ、明日のお弁当には使えないんだよな。

面談

家に帰るとニュース速報のオンパレードでした。今日はマスメディアの人達は大変な午前中だったでしょう。私は午前中、久しぶりに会社に行ってきました。アルコール依存症の治療で一年間休んだ職場に復帰できるか確認の面談でした。休んだ理由もさることながら、休職寸前の勤務態度もボロボロ、更に最初のアルコール専門病院を退院したあとに、断酒も出来て無いのに復職しようと嘘までついて復職の面談を受け失敗しているから、冷静に頭が働く今は後ろ暗いし不安や恐れで緊張で高まっていました。終始緊張しっぱなしでしたが、結論から言うと、年明けから治療出社で、予定では一ヶ月前後で正式復職となります。シビアな現実を確認する面談でもありましたが、復職の扉が開かれた事に感謝です。普通に働いていたらちょっときつい条件もありますが、あくまでそれは普通に働いていたらの話。いずれにしても、飲みさえしなければ、関係無い話ではあるし、飲めば失うのは仕事だけではありません。終わってしまえば、良かったと言える面談でした。私が実感したのは、飲まず嘘をつかずで今日まできたので、かなり緊張はしたものの、落ち着いて挑めましたし、それは態度に出たと思います。一つの区切りを越えました。また今日からも積み重ねの日々です。断酒も変わる努力も継続継続です。でも、やっぱり今日は疲れました。

12月10日

過ぎし日12月10日、週の始まり月曜日でした。人によっては毎週やって来るいつもの月曜日よりはウキウキと仕事に出かけたのではないでしょうか?逆に12月10日が週明けで不満があった方もいるのでは?一般的な冬のボーナスの支給日でしたね。私は一年前の11月半ばから会社を休んでおります。アルコール依存症の治療の為に。現在給料は基本給の何割が支給されますが、さすがにボーナスは出ないと思ってました。夕方、学校帰りの子供と仕事が終わった妻と最寄りのショッピングタウンで合流しました。最近店内でwi-fiが繋がるシアトル発の大手チェーンコーヒーショップでコーヒーブレイク中にボーナスの話になりました。妻曰く、来年度は勤務体系が変わるので今後のボーナスはかなり減るとの事。そうか、でも来年は自分も仕事に復帰して、夏は久々のボーナスがもらえるかなと思案してました。その時、妻が私のボーナスは×××円くらいあったよとの事。???でした。妻から聞いた話を整理すると、私は去年の冬を最後にボーナスは出てないと思っていましたが、今年の夏も冬も私の口座に振込があったそうです。もちろん、休職前の支給額には遠い額ではあるが、夏と冬の分の額は現在支給されている毎月の給与の掛け算になる額のようです。お金が入る事は隠すまでもなく嬉しい話ですが、罪悪感や説明が難しい複雑な気持ちが押し寄せます。今迄、周囲の人(職場の関係者を除く)から休職してるのに給料をもらっている事に色々言われました。『いいね』と言われる事が大半ですが、『何様?』という類などもありました。私の本心は給与が出ても出てなくても、会社には申し訳ないという気持ちで一杯です。そして給与を受け取っている事には胸を張ってそういう体制の会社に入って、生活を維持できる権利を今までの仕事で得たと思う事にしてました。私は営業で、ありていに言えば自身の営業成績が給与や賞与に直結する仕事で社会人として生活をしてきたので、そもそもただ仕事に行けばお金がもらえるなんて考えがありません。だからこそ休職中の収入について諸々を考えるのはかなり辛いです。そこにボーナスの話でした。額の事はどうでもよかったです。受け取るのだから黙って感謝します。私の人生でこの一年間は色んな意味がありました。その中の一つに私と会社との関係があります。その関係の中で、私の休職は与えられた物という見方があって、そこでは、私は病気だから仕事を休んだが、休みは仕事に戻る為にあった休みだという事でした。この記事を書いたら寝ますが、起きたら数時間後に会社に行く事になってます。復職にあたり、産業医面談と人事の面談があります。今からについては沢山の不安や恐れが抱えきれないありますが、再スタートの直前で少し冷静に考えるきっかけになりました。完璧なんてあり得ないんだから、出かける準備はできました。

先生

AM6:00起床。 昨晩の残り物で朝飯を済ませる。歯を磨き、糖尿で掛かりつけの内科へ行く。先日採血した血液の検査結果を聞きに来るようにと、主治医から指示があったからだ。診察を待っていると、顔馴染みの看護師さんから『diehard0さん(私)らしくない結果だったよ』と言われる。6月末からお酒を飲んでないので当たり前と言えば当たり前。だが期待が持てそう。というのも、入院していたアルコール専門病院では退院前の9月に飲酒で影響がでる肝機能の数値のγ-GTPが19に下がっている事を知っているが、その時はまだ他の肝機能の数値がやや高かったし、何よりアルコール専門病院に入院するまで通ったこの病院ではマトモな結果を見た事が無い。何度も飲酒をごまかした病院なので、断酒している証拠が出せる。待つこと小一時間。獅子舞い(に似ている主治医の院長)先生の診察。無言のまま血液の検査結果を確認。γ-GTPが13。成人男性の正常範囲が10~50。もう高いはずが無いと分かっていても、去年は自己新記録2,000超えをマークしていただけに嬉しい。社会人になって最初の健康診断で既に正常値を上回っていたから、おそらく記録上の最小値だ。他、肝機能や血圧などの主だった数値も正常範囲内。ただ一点を除いて。取り敢えず検査結果のシートに『問題無し』のハンコが打たれる。そんなハンコあったんだ、初めて見た。が、得意気な顔をしていると獅子舞い先生がようやく口を開きニコリともせず『平均値が…』と。血糖値そのものはともかく、過去数カ月の血糖の平均値を示すHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)がかなり高い。私のドヤ顔が素に戻された。それはそうだ。元々アルコール依存症と発覚する2年前に分かった糖尿病(アルコール性慢性膵炎から併発。膵臓が弱り、血糖を下げるインスリンの働きが弱くなっているのだ)の治療で通院しているのだ。アルコール依存症は専門病院で治療し断酒したので、再び糖尿病の治療のスタートラインに戻れただけの事。獅子舞い(くどい)先生からしてみれば、断酒は当然で肝機能の数値は治療を受ける上で当たり前。獅子舞ちゃんのメインディッシュはレバーでは無い。血だ。糖のしたたる甘い血に飢えてるのだ。獅子舞いが甘い匂いを嗅ぎつけ、血に喰らい付くのは分かっていた。何故甘い血になっているか。慌てて命乞いを始める。『(私)9月の末に(アルコール専門)病院でバレーボールをした時に足を骨折して、そのあとすぐ退院したけど、そのあと10月いっぱいは体を動かせなかったんです。あわわ、あわわ。それと、退院のあとしばらくは反動で甘いお菓子やコーラをかなり貪りました。はい。(冷静を装う)』『(獅子舞い)… …』『(私)すみません。でも今は控えてます。コーラはさすがにやめました。あは。あははは。(ウソ笑顔)』子供じみた言い逃れだ。ただ、前と違って言葉には嘘は無い。その間に眈々と補聴器を当てながら険しい顔で触診を続ける先生。結局、今日の血糖値がそこまで高くなかったからか、『尿タンパクや腎機能の数値は正常だから』と含みはあるようだが診察は終わりそうだ。糖尿で病院に来ているのに、まだ肝機能を気にしてるなんて酒飲みの習性だ。だいたい気にするという事は、飲酒がやましいと認識していた証拠としか言いようが無い。ふと、黙々とカルテをつける先生(獅○舞い呼ばわりはやめます、すみません)の机に目をやると、スマホが!間違えない、あの小さくなった見慣れないDockの差し込み口とその横についてるイヤフォンジャックから推し量るに印のiで始まるスマホの5だ。前にこの病院を担当している職場の同僚から密かにこの先生の機械への関心の無さを聞いていたからちょっと衝撃だ。『(私)先生、それ5買ったんですか?』『(先生)分かる?♫(明るい声音)』『(私)僕の4より充電の口が小さいからそうかなと思って』『(先生)便利だよ~(上がるテンション)♫調べ物とかさあ。やっぱりねぇ、あると便利だよ~特に外とかさあぁ~でもねえぇ、高いんだよねぇ~やっぱり同じ××(剛○彩芽のCMでお馴染みのキャリア)で合わせないとさあぁ(すべてお見通し的な目)』『(私)…』『(先生)でも小さいんだよね、画面が(真顔)。だから、今mini注文してるの(遠い目)』『(私)あ、あ、あ、あると便利ですよね』『(先生)じゃ、薬ね、一ヶ月分出すから。(何事も無かったように)』『(私)わ、わ、わかりました。ありがとうございました。』いつもの事だが昔からこの先生とは話が噛み合わない。そそくさと診察室を立ち去り病院を出る。病院の駐車場に停めた車に乗り込み、エンジンを掛け敷地を離れる。家に帰る前に何処かに車を停めよう。煙草が吸いたくなった(禁煙車)。朝ご飯と昼ごはんの間の出来事だった。

※今回は状況を再現する為、通常とは異なる描写スタイルを採用致しました。

実は今回のブログは以下がポイントです。上記の駄文はオマケみたいなものです。くどいようですがγ-GTPは平常値の下限に近い13という値が出ました。AST(GOT)やALT(GPT)、ALTも正常範囲でした。ちなみにγ-GTPは下戸で非飲酒者の妻が秋に受けた健康診断の結果と同じでした。今の私には飲まない事が当たり前である事を続ける意思がありますが、アルコール依存症は完治の無い一生の病気です。つまり、いつスリップ(再飲酒)しても全く不思議ではありません。2012年11月30日付で採血した検査結果で、数値だけは非飲酒者と並んだ事が確認されました。今後、隔月ペースで数値を捉える事になります。もちろん数値は家族に見せていきます。

改めて私が認識する為に書きました。もう、隠れて飲んでも体は正直に結果を示すからね。

まだ短い期間だけどやればできたじゃない。

最後まで読んでくださった方、長文すみませんでした。

りんご

数年前からマークのパソコンが欲しいと思ってます。ウチのパソコンは国産のネットブックとお隣の国のラップトップ(もらい物)の2台。スペックは超貧弱です。OSは世界No.1シェアの『窓』の方で、7の前ともう一つ前のバージョンです。『窓』のOSに関しては7の前の前で十分なので構わないんですが、なんせ寄せ集めのPC環境なんで拡張性はないし、何かと小回りがききません。が、具体的に何に困ってるのかと自問すると、全く困ってません。家では会社の仕事はしません(今のご時世で仕事のデータを持ち帰るのは厳禁)し、Officeソフトも買った意味がほとんどありませんでした。正直に言うと、私が自費で購入したデバイスはネットブックとwi-fi機能付きのルーター、あとインクジェットプリンターだけです。あとの細々したジャンクパーツはもらい物も含め仕事柄集まってきたものです。(もうジャンクパーツも持ち帰れないご時世ですが)はっきり言えばネットが出来れば困りませんでした。そのネットも、家族3人に各々マークのスマホかタブレットがあるので、いよいよPCの需要は減るばかりです。なるほど、『窓』の新OSも妙なUI(ユーザーインターフェイス)になる訳だと改めて納得します。家族の意見も聞いて強いて改善点を求めるなら、サクサクっとの音楽プレイヤーに楽曲を入れたいというところですが、そもそも3台のプレイヤーを賄うのはPCがどうというより、の編集アプリケーションの問題では。なるほど、こうやって事実を整理すると、やはり新しいPCなんていらないじゃないかという事になります。いやまあ、分かってるんです。すぐに必要なもので無い事くらい。私の休職に伴う収入減、私の入院(二回で合計7ヶ月)による出費。買えません。寝言戯言をどの口が言ってるんだいう事が分かってるからブログでガス抜きしてるんです。別にマカー(のPC使い)にならなくてもいいんですが、理由を整理すると、
1.の製品を体感して、故ジョブズ氏の言うとおりと思った。
2.休職する前の最後の部署が、いわゆる『クリエイティブ』な業務をしているオフィスの専任だったので、仕事での訪問先にはデザイナーさんが必ずいて、ほぼマカーだったからです。これまで『窓』オンリーで仕事をしてきたのでチンプンカンプンでした。もっとも、パソコン買ったくらいでDTP(デスクトップパブリッシング)がなんたるかなんてわかるはずが無いんですがね。結局理由は大した事ではありません。1にせよ2にせよとって付けたようなもんで、ミーハーなんですよね。そして物欲が強い。子供の頃から全く変わってません。人間簡単には変わりません。敢えて言うなら、駄々をこねず諦める要素がわかるようになったくらいです。でも欲求を少しでも対処できるって、私には大事な事なんですよね。アルコール依存症だと認める前は、目先のものには躊躇せず飛びついてましたから。

寒い

経年で味わいが出るのBREEの革製品。安物ではありませんが、有名ブランドよりは分相応な金額だし、ユーザーの個性が出るので何点か持ってます。まず人とカブる事がありませんし。去年くらいからでしょうか、長財布が流行ってるのは。みんな高そうなお財布持ってるな~とチラ見します。学生時代からBREEのマネークリップの財布を使い続けていましたが、ジーンズの尻ポケットにねじ込んで使っていたのでヨレヨレ。去年同じくBREEの長財布に買えました。流行に乗っかったと言われればそれまでですが、スーツ姿に合わないと理由を付けてです。購入して半年くらいで入院して今に至ります。財布なのに私同様お金に縁の無い寒い奴。私と一緒になったばっかりに…それはカミさんのセリフか。職場復帰したらちゃんとお金いれますから!そんな寒い台所事情ですが、本当に懐も外も寒い。晩ご飯の材料調達に買い物に出かけますが、日に日に家を出るまでの往生際が悪くなってきます。日中は一人なんで誰にせっつかれる訳でもなくシブシブ出かけて行きます。我が家は禁煙なんで、煙草は外で吸うんですが、それすらも億劫で本数も減ってます。考えたら、お酒を買いに行ってた時は寒かろうが雨だろうが雪だろうが出かけてました。で、お酒を買って、家に帰る前にお店の前で寒さしのぎにキューって喉に流し込む。お酒を飲む事を諦めた今となっては、大人らしくお酒を味わう姿に未練はあっても、アレはあり得ないなと思います。そりゃビョーキだと。飲み方は夏でも冬でもあんまり変わりはありませんでしたが、冬の寒い中に酔って出歩いたもんです。酔うと寒さを忘れるばかりか、かなり歩いても苦にならないんですよね。もし過去の私にバカはやめろと言ってもやめないでしょうね。残念な奴ですから。過去は変えられませんからどのみち一緒ですが、思い出すと出てくるため息を暖かいお茶で飲み下します。

子供の頃の夢はヘリのパイロットでした。小学校で算数につまずき、中学校で数学に勝てず、以後の学業は文系まっしぐら。選択肢から航空関係は外れ、夢は夢のままです。もっとも何の努力もしてないので、叶うはずがありません。社会人になって、勤めた先で数字とITに追い回され、今となっては理系も文系もなかったなと感じます。切羽詰まれば苦手なりにも身につくもんだと。あっ、夢、違いました。ドリームではなくナイトメアの方。寝てみる夢です。年に数回、約20年前にフラれた女の子(20年会ってないので女の子のままです)の夢です。小学校から中学校の同級生で、高校生まで片思いでした。結果から言うと、告白して2秒で瞬殺。長年の片思いは終わりました。その後、風の噂でその女の子が『(告白に)ワザワザ呼び出しやがって、マジムカつくんですけど!』的な発言をしていると聞いて、プライドは傷つき気持ちも冷めました。が、何故か時折夢に登場します。今回は久々で今年初登場だったかもしれません。内容はいつもバカバカしい話で、何故かその女の子が紆余曲折の末に私に辿り着くというもの。恥ずかし過ぎて人には説明できません。しかも、もう顔立ちのディテールも忘れかけているせいか、目が覚めて思い出すと、その顔はカミさんの顔だった(幼稚園の頃から好みが変わってないので、周りからすれば私のストライクゾーンは大体同じそうです)気もします。今回もあり得ない再接近の話だったんですが、いつもと違ったのは、何故か私がソワソワして、心が女の子にあらずなんです。理由はかくしているお酒を早く飲みたいからなんです。夢のオチはうやむやで目が覚めましたが、我ながら何なんだという思いです。思い出さなくていい事の二本立て。ゲンナリしました。お酒の夢も久しぶりでした。病院を退院してからは初めてかもしれません。夢くらい楽しい夢がみたいもんですが、ままならないものです。色々欲求不満が溜まっているようです。

選挙

もうすぐ選挙です。政治について語りたい事は山ほどありますが、大人だし社会人だし偏りもあるので控えます。愛国心から言いたいのは、国政選挙なので国益に適う選挙にして下さい!という事です。これは政治家に限った事ではありません。先の事はわかりません。特にリーマンショック以降は国の内外を問わず、大変な事だらけだったと思います。今朝の朝刊を見ると、よほど大どんでん返しが無い限りは時期政権は決まったような気がします。国益の為に邁進すると同時に、不測の事態にも最大最善を尽くして欲しいです。現政権前の頃は自分がアルコール依存症と診断されドロップアウトするなんて考えもしませんでした。アルコールの問題は顕在化していたのに、見え透いていた未来に突き進んだ私は馬鹿者です。問題は想定外とか内とかではなく、事実を受け入れられるかどうかでした。起きてしまった後にどう対処できるかでした。個人にせよ組織にせよ、何かしらのベクトルで進むと何かしらの障害に出くわすはずです。いまそこにある事が未来へのベクトルの振り幅を大きく上下させます。今は低空飛行でも、右肩上がりに上昇して欲しい、私自身も次期政権もそうゆう舵取りをして欲しいと期待します。

リフレッシュ

近々休職中の職場の産業医面談があります。一年も休職しましたが、いよいよ復帰の手続きが始まります。産業医の先生の許可が無いと、私が泣こうが会社が喚こうが復職は出来ません。(私の)主治医の診断に基づいて判断されるそうなので大丈夫だとは思いますが。家庭持ちの男が仕事に行ってないんです。惨めな身分は十分です。とはいえ、不安や懸念は山積みです。職場や仕事への不安は割り切ります。アルコール依存症を好奇の目で見られても、仕事自体が辛くても、嫌なら辞めろと覚悟しました。生活維持と自己満足の為にしがみつくと決めたんです。アルコールの懸念に対する対策は自己責任になります。ドロップアウトするまで、企業相手の営業なんで、スケジュールはゴリゴリのビッシリでした。働いた一日の終わりは、会社のPCと携帯の電源を落とすと同時にお酒のスイッチが入る毎日。これからは疲れたとかきついとかストレスとか言い訳になりません。お酒では無いストレス発散が必要です。まず寄り道せず家路につき、家族のいる我が家でご飯を食べる。普通に考えればこれだけでもぐっすり眠れそうですが、そのうち何か物足りなさを感じるような気がします。現に、休職中の今でも、何か欲求不満を感じます。その隙間を何で埋めて満足し、尚且つ気分転換を図るかですね。週末の休みは家族の意向に沿うようにします。今迄の穴埋めも含めて。会社勤めをするまで、私生活の好奇心は旺盛でしたが、仕事の疲れと飲酒(これが主です)が、趣味や特技を失わせました。履歴書に書いた剣道とか釣りとか映画鑑賞とか、長らくしてません。家では酔って寝るばっかりでした。さて何かを見つけなくてはと思います。音楽、読書、netと自分の世界に入る事しかありません。ダーツの練習でもしようかな?

酒飲みが肝と言えばなんでしょうか。おつまみのレバー?レバ刺し、大好きでした。いつの間にか牛レバーはは御法度になってますね。
他には?肝臓、気になりますよね。学生時代からのんでますから、社会人一年目の健康診断で異常値が記録されてから毎年『要検査』か『再検査』で皆勤賞でした。恐怖のγ-GTPはMAX2,000を振り切った事もあります。断酒後で直近の数値は19。先週、検査の為に採血して結果待ちですが観測史上初の一桁を叩き出せるかもしれません。
話が彼方へとそれましたが、今回の『肝』は肝っ玉です。私はかなり小心者です。病気や怪我、事故などのアクシデント、ケンカや揉め事にほとんど動じない反面で、感情を込めて人と向き合うと全然駄目です。社会人になってからは特に仕事の顔を持つようになったので、仕事の顔という仮面を外すと駄目人間になります。やる事なす事空回りで、飲酒は自分をごまかす言い訳の一つでもありました。平日の朝から夕方は仕事用の仮面を被り、夜と休日はお酒を飲む。仕事中の仮面は致し方無いとしても、本来の自分で人と向き合う事を長らくして無いので、妻にすら本音が言えなくなってしまいました。他人が知らない私の数少ない長所を知っていて、数え切れない欠陥を分かってくれた人なのに。そして私を助けてくれる周囲の人(私に悪意や敵意がある人の方が気負う事無く正直になれそう)にも萎縮してしまいます。こればっかりはレバ刺しを食べても肝数値が改善しても変わりません。飲まずに向き合い、評価や傷つく事を恐れず、真摯にありのままを受け入れていくしかないんでしょうね。断酒も、人生を取り戻す事も、私が変わる事も、まだまだ始まったばかりです。

昇華

アルコール専門病院に入院中から、周囲に対しての償いを考えるようになりました。退院して二ヶ月が経ちましたが何もできていません。まず取り掛かるべきは一番苦しませた妻子なんですが。どれだけ傷つけたかは本人達の気持ちですから、傷つけた事は分かっても傷の痛みや深さは分かるはずがないと言われればそれまでです。そして過去は変えられません。今と未来に対して出来る事をするしかありません。飲まない事は当たり前になりました。退院してしばらくは、飲んでない事を内心立派だと思ってましたが、今は自分も当たり前だと思い始めました。病気だからは通用しません。病気が理由なら、アルコール依存症者は一生何もできませんし、言い換えるなら、仕事も車の運転も自己主張も意思決定も出来なくなります。今は休職中なので、自分の財布から以外の買い物は合意を取り、炊事と掃除を引き受け、妻子の送り迎えをし、気持ちの面では怒らない事を実践しています。逆に言えばこれだけしかしてません。料理は数少ない趣味だし、洗い物や家の掃除は汚い環境が嫌いなので自分の為だとも言えます。送り迎えも、車を運転してると気分が良いので問題ありません。怒らない、これは大変です。まず表情も含め言動に出さないようにします。そしてひと呼吸して、自分が不愉快な場合と思った時はなるべく早く忘れます。もし、誰かの迷惑になる場合だけ、なるべく角が立たないように良くない事だと伝えます。別に誰にそうしなさいと言われたわけでは無く、自分が勝手にそうしてるだけです。もしかしたら、私が過去の事を蒸し返されたくないから怒らないのかもしれません。入院の後半から今日まで、喧嘩はありません。私が口を聞かなくなり、妻がそれに呼応し会話のない時間が何度かあっただけでトラブルはないです。ただ、言いたい事を言えないモヤモヤはあります。そして、表面上は普通に装っていますが、本心はほとんど言わずじまいです。それは間違えなく拒絶されたくないからです。結局、特に妻には償いと言いなが、自分のやってきた事が足枷になっていて、本当の意味で私は家に帰ってない気がします。そんな資格はないと言われた方が割り切れるかもしれませんが、そこには踏み込んでません。なんだかんだと自分を顧みないように考えるようにしても、目に見える形で愛情や優しさを欲していると気づきます。私の周囲の人にこんな話をしても、多分、十分大事にされてると叱られると思い言えません。私は自信がある時は多少の苦難も気にしませんが、自信を失うと並み以外の人間になり何をやっても駄目です。まだこんな気持ちの堂々巡りをしているのかと、三日に一度くらいのペースで苦しくなります。

理由

今年も残り一月を切りました。今日現在は断酒にこぎつけて、沢山の不安(お酒をやめれば解決する訳じゃありませんね)と再スタートの期待で、一年前よりマシな状態です。まあ、断酒なんて、その気が無くてコンビニに入ってもお金があれば30秒後にはスリップ(再飲酒)する可能性は多いにあり得ますから、先の事はわかりません。ただ、以前と違いまださほど飲酒の心配はしてません。飲酒の欲求というか憧れはしぶとくありますが、今と将来に対して飲まないと決めたからです。人に説明するのは難しいですが、前はどんなにやらかしても、喉元過ぎたら嘘をついてコッソリ隠れてでも飲めると考えていたからです。今はそれがありません。自分にも人にもこの気持ちが嘘でなくなったのは大きな違いです。三年前は依存性なんて真剣に考えもしませんでした。二年前はアルコールの問題が目に見える形で出てきていましたが、現実から目を背けていました。一年前の今日は最初の精神病院にいました。ただ、最初は大変なところに入ったという認識がありましたが、拘束のゆるい病院でしたからすぐに考えも甘くなり、外出で飲み、外泊で飲みと繰り返し、退院する事無く厳しい病院に転院しました。転院先では年末年始は独房のような保護室で過ごし、その後の数ヶ月は閉鎖病棟で過ごし退院しますが、すぐにスリップしました。その後、妻子や職場の人の助けが微かに残っていた心を支えてくれて、再度病院へ足を向かわせてくれたお陰で今に至ります。数年前、回避出来なかった出来事から二ヶ月間休職して通院と自宅療養をしたブランクがありましたが、この一年間の入退院とそれに関連する事は全て私に原因がありました。アルコール依存性は心身の病気で、私は間違えなくアルコール依存性と認めましたが、過去も今も未来も最初の一杯に手を出す事は自分が悪いです。そして残念ながら自分が悪いと単純な話で済まされませんでした。それが分かるだけの経験をして、本を読み、病院や自助グループで人の話をききましたが、振り返って全ての出来事に何故と問われても、飲みたかったから、としかこたえられません。

久しぶり

最近の『久しぶり』ネタです。一つ目は掛かりつけの内科。数年前、会社指定の内科医院から電話が掛かってきました。健康診断の結果、血糖値が高いとの事で再検査の呼び出しです。糖尿病が発覚しました。まだ、アルコール依存性で生活がおかしくなる前です。それ以来、毎月お世話になっていました。最後に受診したのは、アルコールで正常を失って会社に行き、職場の人に連れて行かれた時です。アルコール依存性だろうと診断(先生は毎月診ていますから分かっていたと思いますが、正気をなくした姿は初めてさらしました)されました。それがきっかけで休職しアルコール専門病院に入院。それ以来の受診です。アルコールと糖尿はそれぞれ専門の先生にと、改めて糖尿の具合を診てもらう事にしました。先生は私の受診に最初驚いていました。アルコールでもう駄目だと思っていたようです。『廃人』という言葉も使われました。最後はアルコール専門病院を退院して今に至る事を喜んでいましたが。先生は糖尿病に関して的確な処置やアドバイスをされる方ですが、素人目に見てもアルコール問題に関しては門外漢です。以前は、アルコールの問題も先生から深刻に扱われていないから大丈夫とタカを括っていましたが、今にしてみれば畑違いというものです。診察の間も、アルコール依存性者のモチベーションをダダ下がりさせるような言葉を連発してました。今は少なくとも以前の私と違うし、あくまで糖尿病を診てもらいにいったので、そういうもんだよなとニヤニヤしてました。もっとも、以前はロクに先生のいう事も聞かないくせに、何かあったら先生に頼ったり先生のせいにした図々しい患者でしたから、悪いのは私なんですがね。ただ、アルコール依存性は身体的に様々な疾患を併発しますが、併発した病気がなんであれ、アルコール依存性はアルコール依存性専門の医療機関に掛かるべきです。勿論病院は人が運営するところですから、合う合わないはありますが。病院の帰路、もう一つ悪癖を思い出しました。アルコール依存性者は何だかんだと飲む口実を作ります。血液検査の結果が良くても、悪くて先生から注意されても飲むという事です。以前は、仕事が休みで、尚且つ病院が診察可能な時間は土曜日の午前中でしたので、診察が終わると最寄りのLAWSONでバーボンのポケット瓶を買い込み、まず一本グビっと空けます。病院が街中にあるので、その後は徘徊です。飲食店でお昼ご飯をお腹に詰め込み、カバンにバーボンのポケット瓶を詰め込み、物陰に隠れてはバーボンをグビっと。そして服屋、CDショップ、本屋、家電量販店などを巡り、酔いが酷くなると家に帰ってました。思い出すだけで気分が悪くなります。勿論、今回はスリップしません。(ただ、万が一と自戒はしましたが)ちなみにまっすぐ帰宅して家でご飯を食べ、それから買い物に出かけました。最後に、二つ目の『久しぶり』を。大好きなイギリスの作家フレデリック・フォーサイスの新作が出ました。ただ、今回は日本デビュー以来の訳者であった篠原慎さんが翻訳されてない事に不安を覚えますが。でもまあ、最近は“ビックブック”こと『アルコール・アノニマス』と、一年間の休職のブランクを埋めるべく自由国民社の『現代用語の基礎知識2013』しか読んでないから楽しみです。あっ!入院中はここぞとばかりにトム・クランシー読んだな。映画になった『マネーボール』の原作も途中で挫折したままだっけ。
プロフィール

diehard0

Author:diehard0
2009年秋
健康診断
アルコール性肝臓疾患
糖尿病
他、異常値たくさん

2011年4月〜2011年5月
入院治療
肝臓疾患
慢性膵炎
糖尿病

2011年11月14日
アルコール依存症と診断
即日精神病院へ入院
休職の始まり

2011年12月27日〜03月30日
入院中も再三飲酒し転院措置
1回目のアルコール専門病院へ
医療保護入院


退院後も再飲酒
休職のまま自宅療養
連続飲酒の日々



2012年06月
入院治療を希望
心療内科へ相談
専門病院を予約

現時点で最後の飲酒

2012年07月2日〜年09月28日
2回目のアルコール専門病院へ
任意入院



2012年11月
復職に向けての自宅療養
ブログを始める



2013年01月
職場復帰

2013年3月
正式復職


断酒ポリシー
“最初の一杯を飲まない”

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