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提起

お陰様で、悪くはない日々を送っております。

今回の話。

自己のセキュリティ対策とモラル向上、自他のプライバシー保護から、ブログ記事を書くに当たって幾つかルールと規制をしておりました。
極力、私以外の人の事柄は書かない…等です。

ですが、今更ながらネットの公共性と利用のモラルが気になっています。

本来、私はネット上でも匿名は好きではありません。

SNSも実名で利用しています。

ただし、私のアルコールとそれに付随する主題には、家族や職場の描写が最低限必要です。
私の表現力も悪いのですが。

その為、家族と職場を特定されない為に、diehard0というハンドルネームを振らせてもらってます。

ただし、ブログの作りは、私の近しい方には分かるようになっていますし、そうでない方には追えないように考えて作っています。
明かせる部分としては、タグ付けせずサーチエンジンにかかりづらい等です。
個別のキーワードも複数合致したら、6割は当たりがつきます。
あとは更新を追えば8割確信になりますよ。
グローバルIPやら都道府県やらは誰でも分かりますから、あとは嗜癖や足跡です。

当然、実名での利用にリスクが伴いますが、実際にはネット使用そのものがリスキーであり、即時性や利便性と引き換えているに過ぎません。

仕事で法人相手のセキュリティ強化のお手伝いをした事がありますが、現実的に問題となるのは投資などではありません。
ヒューマンエラーです。
スキルの有無も少し違います。
最大はミスに始まりミスに尽きる。
それと無知。
補足をすると半端なスキルや知識の活用も無知と言えます。


極論は嫌なら使うな!ですが。

それでも、このブログではお人に迷惑をかける事なく事実のみを書きたいと思ってます。
更に、私がそう思っていても、私の主観が入れば事実と異なる受け止めをされる場合があります。
それも踏まえ、客観性を持った事実に私の私見や思いを添えたいと気をつけています。
それなら、読み手は見極めが出来るからです。

嘘は論外、事実と異なる事や誇張はしたくない。

以前、家族のアルコール問題で悩む方の相談に対し、明らかに虚偽だと思える病院関係者を名乗る人物が答えているサイトを見た事があります。

私が閲覧した時点でも、書き込みから数年経っていたと記憶していますが、あまりにひどい回答でした。

医療従事者の助言だと安心されたとしたら、その方々はどうなっているのだろう。

怒りと悲しみを覚えました。

目に見える費用を伴わないモノやコトや場所でのモラルは下がりがちです。

ネット上は特にそうです。

無料(無償)や匿名という要件がそれに拍車をかけます。
もっとも、世の中にタダなんてありはしませんが。

インターネットの向こう側にはそれでご飯を食べている人がいて、お金は回っているわけです。

話が逸れるのでやめますが、ネットはともかく、アルコール依存症は見えないお金(経費)にも盲目になります。
私は営業の端くれで、人もモノもコトも時間も場所も全てお金が掛かっていると人様に説明してきましたが、自分がどっぷりイッてた時は、なるようになると思い込んでいたフシがあります。
恐ろしいです。

戻します。

私のブログは基本的に私自身の事にフォーカスした内容を書いていましたが、従来『俺が俺が』タイプの私ですから、やはり配慮に欠いたと思う記事が多々ありました。
反省しています。
何より私の寛解にはなりません。
誰かを非難した訳では無いし、特定出来る内容でもありませんが、私のその時の主観がいかようかを残すので、履歴はそのままです。

ですから、最近は記事更新は避けています。

社会復帰して今もほぼ毎日が何かしらの気づきがありますから、とても書いていたら追いつきません。
正直、気づきがなくても忙しいです。
それも現実の一つですが。
本当はお酒にどっぷりの頃の事や入院や治療の事を書く事も大切かと思っていますが、今は無理です。
休職中にまとめておくべきでした。

アルコールや心の問題で『言う/聞く』は大切ですが、『改善』ではなく改善を妨げる『助長』となる側面もあると思います。
助長は自分にも人にも連鎖します。

○○は下に転がる
○○は低きを流れる

言葉は悪いですが、言い得て妙なりです。

言う話す書く、『伝える』事の内容は大事です。

だからこそモラルが必要です。

特に特定のブログサイトに登録するなら、読み手の大半は何かしらの期待を持って読まれているはずです。

無料(無償)と匿名ではモラルが担保されません。

私は自分の為に、最近は読ませて頂いているブログは限定しています。

となると、書く側として、厚顔無恥な私は駄文をこしらえるのは難しくないのですが、諸般から書こうと思った事にもためらいが生じております。
これが趣味のブログなら、なんでもないでしょうが。

ブログであれ自助グループのミーティングであれ、発言という行為に重きを置いて満足する自分。
その満足を正しいものとして受け入れる他者。
助け合いにはならないかもしれません。

強調したいのは、セキュリティやプライバシーではありません。

モラルです。

そして『有益』か『有害』か。

益となるか害となるかは自他共にです。

上記を読まれ、『この馬鹿なに言ってるんだ?』と思われる方がいらっしゃるかもしれません。

私も人の記事ならそう思うかもしれません。

まさにそこなんですよ、問題は。

人がどう思うかです。

アルコール依存症である私の場合、私の知っている『私』と、人の知っている『私』はかなり乖離しています。

アルコール依存症にありがちな『否定』や『否認』の対象は自己にも及びます。

曰く『アルコール依存症だけど、○○には至らなかった』
『さすがに○○はしていない』
よく言うセリフです。
自己弁護です。
確かに○○までは至らなかったかもしれないし、事実と異なる都合の良い記憶かもしれない。

そもそもそれを言う意味がありません。
アルコールで何ら問題のない方々からすれば戯言です。

私の場合はタチが悪くて自己憐憫があります。

『確かに2回も入院したけど、あれはあの頃は○○で、辛くて仕方がなかった』

こんな話は病院でお医者にして下さい、優しい人でもそう思います。

もし、『仕方がなかったね、しょうがないね』と言ってくれる人がいるなら、調子を合わせてくれただけか、共依存の家族です、多分。

だから私の自己弁護や自己満足を書き連ねるのは有害だと思うのです。

私は今も回復の入り口で右往左往しています。

少し前はどうしようもありませんでした。

だから、同じように悩みや苦しみを持っている人には何とかなって欲しい。

でも、今の私には人を助ける能力も余裕もありません。
自分と自分の家族で精一杯です。

比較の問題でしょうが、余裕があるように言われる事もありましたが、『まずは家族に対して働く事が優先です』と明言しています。
助けを求められてると分かっているから、その度に胸も胃も痛みました。

出来る事は、体験を伝え、気休めではなくある程度責任ある助言をする。

でも、最近改めてまだ出来ないと実感してます。

そんなに簡単では無いと。

数字が証明しています。

ならば、せめて誤った情報は、いえ、誤って受け止められるかもしれない情報は出すまい。

想像力を働かせれば、大なり小なり影響を及ぼす事もあろうと描けます。
影響はないかもしれません。
でも、どこで誰がどう受け止めるかはわからない。

大袈裟かもしれないが、書く以上は責任が無いとは言えません。
責任が無いとしても、誰が間違った選択をしたら、責任は感じます。
私も人に助けて欲しいと思いましたから。

どっぷり溺れていた頃は完全に欠落していました。
想像力と責任感。
あの頃は失ったとは思っていませんでした。
少しおかしくなったくらいだと思っていました。
周囲の人が聞いたらふざけるなと思うでしょう。
本当に戯言です。
上記の『○○までは~』と同じです。
私は少し前まで、『でも、暴力は振るってなかった』なんて言ってました。
聞かれてもないのに。
馬鹿過ぎて、そう言ってる自分を殴りたいぐらいです。
手なんか出してたら今がある訳ないだろうと。
今は、それはせめてもの救いであり、手は出してなくても存在が暴力と同義だったと思います。


長くなり過ぎました。
まとめに入ります。

私は沢山の方々にご迷惑をお掛けし、そして主にその方々に助けて頂きました。

私は、親から受けた恩は子に授けろと教わりました。
私が親から受けた恩の分だけ子に授ける事が出来るようになる事が、受けた恩の恩返しだと、その姿を見せる事が、安心してもらえればそれで良いと。
奇しくも、仕事で最も敬愛する人物からもそう教わりました。
それが繋がっていけば良いと。

私は仕切り直し中です。
親から受けた恩を負の重荷にして我が子に背負わすのか。私や妻を育ててくれた人達の可愛い孫にです。
こんな残酷な話はもう終わりにしたい。

出来る事、出来ない事が分かってきました。
なすべき事とわきまえる事を切り分けています。

久しぶりに書いた記事で長文となりすみません。

まずは自分の為、そして誰かの微力になるなら、自己の満足や弁護、欺瞞は取り除きます。

そして、アルコール依存症となった人間の考え方で好ましくない部分を述べました。

恐縮ですが、私以外でも散見すると思われます。
簡単に考えてみます。
もし、『あなた』が『私』だったら
もし、『私』が『あなた』だったら
もし、『私』が『あの人』だったら
試しに、上記で挙げた私(diehard0)を『あなた』や『あの人』に置き換えてみて下さい。




今後も記事更新は減少します。
理由は上記の通りです。

正直に書きました。

反面教師で構いません、欠片でもどこかの誰かの何かの足しになりますように。

家族は、昨年の今ごろは休みどころではありませんでした。

今年は、前半ゆっくり休ませて、後半はパァーッと遊びます。
やっとそう言えるようになりました。

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出張6

まとめます。

今回の出張で、私自身はお酒に手を出すとはこれっぽっちも思っていませんでした。

人が飲んでいるから自分も飲むレベルなら、とっくに挫折して、今頃は路頭に迷っているはずです。

ただ、過去の記憶とどう向き合うかは課題でした。

新幹線
出張
研修
宿泊先

全てお酒の記憶があります。

結果的には、一つ前に進めたかなと思っています。

研修中の私の振る舞いは、今後のあり方にもアドバンテージを得ました。
お釣りがくるスタートです。

ホッとしています。

また、留守を預けた家族への有り難みも再認識が出来ました。

帰路、家族へのお土産を奮発しました。

自宅に戻った時、歯車が狂う前の自分を思い出しました。

明日から頑張れます。
頑張ります。

出張5

初日の懇親会から、理由を曖昧に『飲めない』と言ってました。

予想はしていましたが、全員参加かは別として、毎夜何かしらの酒席が開かれました。

全部行きました。

当然、飲めない理由を聞かれます。

下戸なのか?
一時的なものなのか?
どこか悪いのか?

一部の人には既にアルコール依存症である事を告げましたが、ほとんど曖昧にしたままです。

曰く『これから長いお付き合いなんだから、謎めいていた方が面白いじゃないですか』(ニヤニヤ)

こうなれば、これも一つのネタです。

恥じるように打ち明けるくらいなら、もったいぶって、『実は…』と話す方が、今までとは違う印象になるはず。

これは私の病気ですから、私の生きやすいやり方でカミングアウトすればいい。

そう思いました。

どうせ、来月ぐらいには周知されるでしょうし、だったら印象付けは自分でコントロールするのも楽しいと思う事にしました。

既に打ち明けている人にはこうも言ってます。
『気を使って飲み会とか仲間外れにしないで下さいよ』
言うだけならタダです。
まあ、飲めないのに毎回毎回行くつもりはありませんが、初めが肝心です。

実際、こんな感じで考えると、飲めない飲み会もかなり楽しかったし、何よりお酒の誘惑は皆無でした。

むしろ、久しぶりのお酒の香りは、『臭い…』でした。

それと、難点は、何を飲むかです。

おつまみ的な食べ物を食べると、ジュースの類いは合わない。
というより、不味いです。
お刺身とコーラ、最悪でした。

で、烏龍茶に変えるんですが、お酒のペースに合わせて飲む烏龍茶は、すぐトイレに行きたくなります。

これに関しては、何かいい飲み物がないか知りたいです。


こんな感じ、研修期間のお酒の場を過ごしました。


月曜日から、この研修のメンバーが新設された新部署に集います。

今、私は仕事もアフターも心配していません。

こう思える環境と全ての人に、そしてそう思える自分にも少しだけ、
感謝感謝です。

出張4

研修の為宿泊する施設は、私のお酒の思い出も沢山蘇る場所。

ここでしばらく寝食をします。


アルコール専門病院を退院後、基本的には規則正しい生活をしておりました。
それは職場復帰をした後も続いています。

家族の協力もあったから続けられましたし、復帰後の上司は私の病気を知っていましたから、妨げになるような事はありませんでした。

この研修を共にするメンバーの内、十数人が研修終了後も同じ部署に配置される同僚となります。

初めが肝心。

私は仲間に手の内を明かさないタイプではありませんから、仕事はさておき自身の事をどう伝えるか少し思案していました。

仕事をする上でも、昨年は休職していた事がネックです。
絶えず情報からシステム、組織が更新される会社で、過去1年のブランクはまだ大きく残っています。

順番からいけば、アルコール依存症なんです。だから昨年は休職していました。

これがてっとり早そうです。
さて、どうしようかな?


施設に着いたら、部屋のチェックインは後回してすぐ研修開始です。

挨拶はおいおいに、夕方まで駆け足で進みます。

夕方、今日はひとまずここまでとなり、一旦解散。

本日は食事を兼ねた懇親会が開催されますとの事。

ひとまず、各自宿泊室に入ります。

今回の研修から同じ部署の同僚になるメンバーは、半分は初対面で、残りは、一緒に働いた事がある、話をした事がある、見かけた事があるに分かれます。

一緒に働いた事のある人の内、2人は私の休職とその理由を人づてに聞いていると思われ、1人は立場上伝えられているはずです。
残りの人は何も知らないはず。

これは読み通りでした。

部屋で片付けをしていると、ノックが。

先程の、立場上私の事を伝えられているはずの人、つまり今後の直属の上司です。

研修初日で夕方の懇親会の事を考えると、わざわざ私の個室に来訪された理由は察しがつきます。
お話があるのでしょう。

話の内容は他人の話にも触れるので割愛しますが、3点だけ書くと
『過去は過去です』
『(病気の事で)手伝える事があったら言って下さい』
『(病気の事をわかっていても)きついお願いをするかもしれません』

そう仰られました。

新鮮な感動でした。

私は異動が多かったので、在社歴の割には人より多くの上司を知っていて、極端に悪かった人を除けば、大半が尊敬出来る方々ばかりでしたが、また今までとは違うタイプです。

まあ、あちらもアルコール依存症の部下は初めてでしょうが。

ただ、私にしても新しい上司も、互いに営業で、これまでの社内外での経験も踏まえて、私は安心しました。

営業の感性や私の見方を書くと長いので、以下のスキルを持った人だと思いました。

『相手もしくは第三者の目線や立場で物事が考えらる人』

私には無い才能であり、売れる営業の武器であり、人間の魅力だと思っています。

この静かな感動が、このあとの研修期間に影響しました。

気持ちに余裕がでました。

この日の夕食を兼ねた懇親会、場を移した二次会と楽しい時を過ごし、日付が変わる頃に自室に戻りました。

旅の疲れもあったせいか、ベッドに横になった次の瞬間、朝になっていました。

続きます。

出張3

新幹線の移動で関西の某所に着きました。

研修が行われる宿泊施設です。

今更飲むつもりはさらさらありませんが、ここは過去にも何度も来て通算でかなりの日数を寝起きしました。

宿泊室は広くありませんが、アメニティは悪くありません。
各部屋ウォシュレットからLANまであります。

大浴場もあります。
営業時間は短いですが、ラウンジバーもあります。

近隣でいくらでもお酒を調達出来ますし、第一、建物の、各階にアルコールの自販機があります。

時代の流れか、煙草の販売は無くなっていましたが。

これまでここで寝起きして、飲まなかった夜は一度も無かったと思います。

続きます。

出張2

出発当日。

関西入りの為、単身新幹線に乗り込みます。

アルコール依存症で休職するまで、当時の勤務地までは毎日新幹線通勤をしていました。

休職して以降、一度も乗っていません。

私には新幹線は鬼門です。

毎日新幹線通勤の帰路、車内が私の飲酒スペースでした。

毎日の仕事が終わると、駅前でお酒を買い込み、新幹線に乗ります。
たった一駅の区間、時間にして数十分の間に、高いアルコール度数のかなりの量のお酒を義務のように飲んでいました。

誰に話してもおかしいと言われる飲み方です。

もちろん今は私もおかしいと思っています。

だからこそ、新幹線は鬼門です。

関西まで2時間強。

お昼前の車内。
指定席車両はかなり空いてますが、時折聞こえてきます。

炭酸飲料ではなく、缶ビールを開ける音が。

微かに漂います。
アルコールの香りが。

私の中に湧く感情は飲酒欲求でありません。
過去の記憶です。

座席に座っていると、横列のシートしか見えませんが、前方や後方に飲んでいる人がいるようです。

飲んでいた自分を思い出し、嫌な気分になります。

脳や心はそれを覚えています。

出発して1時間、気にしないようにしていても、『プシュッ』という音に、耳ではなく心が反応します。

途中、車内の喫煙ルームに向かう為、座席を立った時に気づきがありました。

先程聞こえた『プシュッ』の音源に目が行きます。

ビジネスマン
旅行者
社会的には引退したであろう御隠居さん風
正体不明な人

様々な方々ですが、新聞や本、お弁当やPC、何かの合間にビールやチューハイかなにかを嗜んでいるだけです。

昔の私のように、やっつけるようにお酒を飲んでいる人はいません。

ホッとしました。

そう、これが普通なんだよ。

煙草を一本吸って席に戻った後はあっという間に駅についた気がします。

続きます。





出張1

出張研修から帰ってきました。

4月1日付けで異動(出向)となり、新設された部署での業務を行う為です。

来週から新しい部署に出社します。
今回の出張は事前の合宿的な意味合いを持った研修でした。

アルコール依存症の宮仕え(サラリーマン)が、しばし家族と家から離れ、外で直面したお酒に関するシーンを振り返ります。

振り返りの前に私の今現在の考え方に触れます。

私は死ぬまで馬鹿でアルコール依存症です。

私がアルコール依存症になったのは、私に問題があったからであり、私自身を除く全ての要素要因は関係ありません。
正確に言えば、他責の要因や要素に対処出来なかった私に責任がある訳です。
自分自身以外の何かにどうこう言うのはただの言い訳です。

生まれ
育ち
教育
家族
他人
社会
仕事
経済
取り巻く全てに責任はありません。

私は死ぬまでアルコール依存症ですが、今後起こりうる事は基本的に因果は自分に起因し、自己責任です。

その上で、私は私と私の妻子を最上のプライオリティとして幸せになるつもりです。

その為には、死ぬまで寛解する事を怠りません。

私の寛解において、アルコール依存症は問題の一つであり、お酒への囚われから解放されたとしても、終わりではありません。


続きます。

近況

アルコール専門病院を退院してからも、月に1回の診察は欠かしてません。
特に先生から毎月受診するように言われた訳ではなく、自分で決めました。
強いて理由付けするなら、社会復帰して仕事に就く上での義務と思ってます。
受診日は定時で退勤して、車で片道1時間走らせ病院に向います。
病院は定時外の夜間外来なので、受付を済ませたら待つ事無くすぐ診察です。

先生『どうですか?』
私『変わり無しです』

だいたい3分以内に終わります。

先生は余計な事は言わない方ですから、何も言われないならそれでよし。

先生が何か沢山患者に話す場合は、嘘や隠し事や疑いがあるから。

今の私にはありません。

抗酒剤や安定剤などの服用も無いので、会計を済ませたら、とっとと帰ります。

AA(アルコールアノニマス)のミーティングは、退院してしばらくは毎週1回通ってましたが、復職してからは月に1回です。

社会復帰した後は、ミーティングの仲間との間にギャップを感じます。


4月から異動で転勤になりました。

来週は1週間関西に出張研修です。

一見、順調です。

私自身は何も変わっていません。

家庭も社会も戻ってすぐは楽しいものです。

お酒が抜けて、今後は万事上手く行くように思えます。

しかし、慣れてくると、すぐに気づきます。

やはり以前とは違う事に。

それは過去のお酒の失敗や治療期間のブランクや偏見
も多少はあるでしょう。

ただ、それは些細な事実に過ぎません。

根幹は、自分が変われて無い事です。

永らくお酒や穿った考え方で自分自身をごまかしていましから、事実や現実を受け入れると辛く疲れてしまいます。

私は家庭でも社会でも、無くしたもの失ったものをリカバリーし、尚且つ上つ方を見ています。

簡単な事ではありません。

すべて因果応報

過去と他人は変えられない

他責にするのは変われていない証拠

1日1週間苦しかったからって、大きく良くも悪くも変わりはしません。

ここは地道に積み重ねるしかありません。

言い方はおかしいですが、前向きな自己否定です。

『コイツ何言ってるの?』
この記事を読まれてそう思われた方がいらっしゃるかもしれません。

その真意も2通りあると思えます。

最近、記事の更新が少ないのは上記の通りです。

いい機会なので、今後は更に減らします。

複数登録しているブログランキングも遅くとも年内には解除する予定です。

プロフィール

diehard0

Author:diehard0
2009年秋
健康診断
アルコール性肝臓疾患
糖尿病
他、異常値たくさん

2011年4月〜2011年5月
入院治療
肝臓疾患
慢性膵炎
糖尿病

2011年11月14日
アルコール依存症と診断
即日精神病院へ入院
休職の始まり

2011年12月27日〜03月30日
入院中も再三飲酒し転院措置
1回目のアルコール専門病院へ
医療保護入院


退院後も再飲酒
休職のまま自宅療養
連続飲酒の日々



2012年06月
入院治療を希望
心療内科へ相談
専門病院を予約

現時点で最後の飲酒

2012年07月2日〜年09月28日
2回目のアルコール専門病院へ
任意入院



2012年11月
復職に向けての自宅療養
ブログを始める



2013年01月
職場復帰

2013年3月
正式復職


断酒ポリシー
“最初の一杯を飲まない”

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