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1月度

会社は今週から2月度の活動に入りました。

私も2013年1月を振り返ります。

妻の実家で迎えた年始め。
第2週から、14ヶ月振りの職場復帰。

目標値を立ててませんから、満点なんてあり得ませんが、不合格でありませんでした。

一応、断酒のブログ(記録)でもありますから、お酒に関しては、昨年6月18日の最終飲酒から6ヶ月強、最終退院からは4ヶ月が経ちました。
特に1月は公私共に動き回り、断酒自体も意識してません。
ありがたい事です。

仕事とお酒という側面で見ると、結論は出せません。

本来の役割に従事していないので、本当の意味での仕事の疲れやストレスはありませんから、飲酒欲求が起きなかったのか、無くても大丈夫なのか、わかりません。
現状は求めていないという事だけです。
まだ結論は出せません。

本日、2回目のアルコール専門病院から、初めて退院後の様子伺いの電話が掛かってきました。
退院後も月に1回の診察に行ってますから、私の現状は筒抜けです。
もう、飲んだ飲まないという会話はありません。
そのうち、入院OBとして、院内の学習会に呼ばれるのもわかってます。
だから、電話の内容も、『入院中のプログラムの効果を今振り返ってどう思うか?』が主です。

この病院のスタッフでさえ、悪名名高い○○病院で1回目の入院を経ている事を疑います。

私の今は、1回目のアルコール専門病院を医療保護入院で入って、妻がより悪くなると感じて退院させたあとに、一応自分の意思で2回目のアルコール専門病院に再入院した事。それと、再入院最初の1ヶ月が今に至らせたと思ってます。そろそろこの時期を整理したいと思ってます。
再入院した2回目の病院スタッフも、それが知りたいようです。
ただ、1回目の○○病院の名前が1人歩きをしています。
前にブログには書きましたが、1回目の○○病院に私を送った病院の先生も、○○病院に行く直前に、最寄りのアルコール専門病院に空きがなく、具体的に『△△病院か□□病院を紹介したいが、空いていない。本来、あなたが行くとこではないし、やるべきではないかもしれないけど、他に無いんです。』と言われ連れて行かれました。連れて行かれてたが最後。患者は全て医療保護入院。対外的なパフォーマンスで、入院してほんのわずかな患者を任意入院に切り替える怖いところ。数えたら、100人に1人の割合。私もその1人でした。
3ヶ月でここを出た患者は、当時の看護師は記憶に無いと言っていました。
退院後に知りましたが、経営者が何度かお縄頂戴で紙面を飾ったのに、未だ方針変わらずの有名病院。
でも、私も再飲酒して行くところまで行き着いたら、またお世話にならないとは言えませんし、次はこんな風に『運が悪かった』とは言えません。

ただ、最初の入院は、絶対に飲酒が不可能な代わりに、たった3ヶ月で私の考えはかなり歪みました。
入る前はまともだったという訳ではありません。

具体的には、…何と書いていいかわかりません。
ただ、今もあの病院には300人を超える誰かの息子で誰かの兄弟で誰かの親で誰かのおじいちゃんがいます。
そして、私も一員でした。
やっぱり退院しても、あの病院にいる人を思い出すと、外に出ているから余計に切なくて書けません。
私も妻も、今がこうあるから、今はあの入院は意味があったと言えるようになりましたが、退院した瞬間は全く無駄でした。
あの時、私を退院させた妻は悩み抜いての決断だったそうです。
ちなみに、この入院期間中、一度も娘にあってません。
参考にはなりませんが、2回目の入院では、最初の1ヶ月は毎週娘はお見舞いに来てくれました。
残りの2ヶ月は、毎週自宅に外泊という形で帰りました。
それぐらい、強烈な病院でした。
私も静かに歪んでいました。
一応、国公立4年制大学卒業で武道の有段者で有名企業勤務の30代の男も、入ってしまえば、その間に飲んで無くても、10数年入院している(退院出来ない)人達と遜色無くなりました。

改めて1月を振り返ると、家族3人でドライブしたり、映画を観たり、娘の部活の試合を応援したり、買い物したり、無くした結婚指輪まで新調しました。

ただそれは、1月の結果であり、起点は前にあります。
今日、2回目のアルコール専門病院から電話がなければ、単純に良い月でした!と締めていたかもしれませんが、会社から帰る途中にふと、昨年を思い出しました。
ちょうど1年前(なつかしの虎舞竜の歌詞みたいですが)、あの○○病院にいました。

あの頃も含めて、今の私があります。
起点の振り幅は小さな変化でも、長く伸びていけば高みに続きます。

それは今日にも言えます。
今日の小さな何かが、いつかの大きな収穫です。

職場において、このハンディキャップは痛いです。
ですが、この数週間で自分を立て直し、上がれるところまでは上がる為の布石を考え実行を始めました。
努力次第では何とかなると思ってます。その代わり、質と個人の力を伴わないと叶いません。かなりの勉強と実績が必要な道です。
でも、自力次第なので、やったらやった分だけ、やらなかったらやらなかった分しか戻ってきません。

楽しみです。

プライベートでも、楽しみたい事が出来ました。
それは、明日書く材料が無かったら明日書きます。

私は、とても寛解したとは思えませんが、こうして振り返ると間違ってはいないと思えるし、先に書いたように夢も希望もあります。

無理はしません。

頑張るだけです。

いつも地に足をつけ、目線は前と少しだけ先を。

2月度も頑張ります!
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プロフィール

diehard0

Author:diehard0
2009年秋
健康診断
アルコール性肝臓疾患
糖尿病
他、異常値たくさん

2011年4月〜2011年5月
入院治療
肝臓疾患
慢性膵炎
糖尿病

2011年11月14日
アルコール依存症と診断
即日精神病院へ入院
休職の始まり

2011年12月27日〜03月30日
入院中も再三飲酒し転院措置
1回目のアルコール専門病院へ
医療保護入院


退院後も再飲酒
休職のまま自宅療養
連続飲酒の日々



2012年06月
入院治療を希望
心療内科へ相談
専門病院を予約

現時点で最後の飲酒

2012年07月2日〜年09月28日
2回目のアルコール専門病院へ
任意入院



2012年11月
復職に向けての自宅療養
ブログを始める



2013年01月
職場復帰

2013年3月
正式復職


断酒ポリシー
“最初の一杯を飲まない”

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