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振戦せん妄2

アルコール依存性病院を退院して、それ程飲酒欲求には苦しんでませんが、やはり飲みたいとは思います。以前狂うまで飲んだバーボンにはさほど関心が向きませんが、ビールはつくづく美味しいだろうなと思うものです。退院して当初は代替として、ゼロカロリーのコーラを一日に随分飲みました。季節も寒くなり、体の事も考えて今はコーラはやめましたが、原料が水と二酸化炭素の純粋な炭酸水に100%果汁のジュースをちょい足しして飲んでます。あと、刺激が欲しい時にウィルキンソンのジンジャーエールを買います。なかなか売ってないので滅多に買いませんが、これはかなりききます。さて、振戦せん妄2、前回からの続きです。前回は、不眠と発汗、そして手足の震えでしたが、最後は幻覚&幻聴です。今のところ、人生で最初で最後(にしたい)の体験です。アルコール依存性病院に入院して三日目の出来事でした。お酒は入院の少し前から絶っていたので、病院では手の震えと不眠はまだ続いていました。不眠に関して言えば一週間はろくに眠れてなかったと思います。ただ、食欲は戻りつつあり、その日起こる事は予想もしてませんでした。朝からアルコール依存性に関するビデオ学習があり、午前中はビデオ鑑賞や患者仲間と雑談しながら煙草を吸ったりしてました。お昼ご飯のあたりから突然というか徐々にというか例えるなら変な夢を見ているようでした。客観的には起きているけど頭がおかしくなったような感じだったようです。私の記憶では、隣のベッドに新しい患者が入院してきて(事実)、その方が病院のホスピタリティが気に入らないと、暴れて先生に暴力を振るい始めたのです。(ここから幻聴と幻聴で、やや現実とほとんど妄想の入り混じる記憶です。)私は人見知りで慣れない人には緊張しやすいし、上司とかにはすぐビビったりしますが、若い時は腕力には自信があったし、学生時代は周りにヤンチャ系が多かったので単純な暴力沙汰には免疫がある方でした。自分から争いを起こす事はないにしても、気に入らなければカッとなるタイプで相手のガラが悪い方が見下してかかるのです。ところが、その妄想の中では完全にすくみ上がってしまいました。その患者は先生に暴力を振るった後(そんな事は起こってません)、病院に外に出てバスを奪い病院に突っ込んできました。私には病室の窓からそれが見えていて、隣のベッドの患者や病院スタッフに危ないと訴えます。なんとなくですが、病院スタッフの方がそんな事は起きてないと私を安心させようとしてくれた事と、私がおかしくなっているという目で見ていたのを覚えています。後で聞くとそれは事実でした。ただ、その後しばらくの記憶は現実か妄想かわかりません。窓際のベッドでしたが、窓から見える光景はデタラメな幻覚で徐々に病室内も現実ではない映像に見えました。夕方になる前に夢と妄想が入り混じった状況で病室を出て病室を徘徊したようです。その間に見えていた事は来るはずのないカミさんや子供と車で院外に遊びに出た事でした。その間に正確には何をしたか覚えていませんが、一瞬だけ現実と記憶がつながります。それは異常な言動から、閉鎖病棟に移される事になったのですが、その時に財布の所持金を、確認したことです。アルコール病棟は入院して最初の一週間外出ができません。ですが、自分が妄想の中をさまよっていたのがわかったので、記憶のない中、お酒を買いに行ったのではないかと思ったのです。私は体調が悪い時にあり得ない夢を見たり、アルコールで酩酊して異常な言動をとる事はありましたが、素面で起きていておかしくなった事は無かったので、まさか幻覚を見て院外で酒を買って飲んだのではないかと考えたからです。お金はちゃんとありました。看護師さんからは院外には出てないと伝えられました。そして閉鎖病棟に移りました。閉鎖病棟の病室のベッドに着くと、かなり気分が悪く電気を消して戸を閉め横になり目を閉じました。ここからまたおかしくなります。最初は病室の外から幻聴が聞こえます。内容は曖昧な記憶ですが、パラノイアとしか言えません。そして何度もナースコールで訳のわからない事を言いました。自分がどこにいるかも、段々分からなくメチャクチャになっていき、そして最後には自分がどこか犯罪者の施設みたいなところに入れられて、殺される妄想に至ります。もうヤられるという瞬間、私は裸足で病室をとびだし、閉鎖病棟の出口のところで助けてくれと叫びました。ちなみに、後でそれを見ていた人に聞くと、逆で、私はブッ殺すゾと叫んでいたようです。叫んだ瞬間、一瞬だけ正気に戻ります。それまでフロアで歓談していたであろう患者さん達がポカンと私を見ているからです。そして私はまたパニックになりましたが、駆けつけた看護師さんが冷静に扱ってくれました。私はそのまま、閉鎖病棟の中の更に牢屋みたいな保護(隔離)室に連れて行かれました。そして、そこで安定剤を飲み、ようやく妄想から解放され朝まで眠りにつきました。翌日、目が覚めると、幻覚と幻聴は無くなり、徐々に昨日が殆ど妄想の中にいた事がわかり始めました。おかしくなって大騒ぎしたのは事実ですが、見えていたものが現実ではなかったのでホッとしました。朝食の後で保護室から出され、病室に戻りました。しばらく閉鎖病棟にいる事になり、最初はアルコール病棟に戻って早く回復のプログラムを消化したい(退院したい)と思いましたが、諦めました。自分でも上手く説明出来ないけど、心底怖かった妄想、そして記憶のない挙動、更にそれらが全て素面で起こった事。本当に怖くなりました。自分が何をしでかすか分からない不安や酒害の恐ろしさが身に染みました。先生が許可するまで、閉鎖病棟にいようと受け入れました。病院も酒害の怖さも馬鹿にして、自分はまだ大丈夫とどこかで思っていた考えが吹き飛びました。後で考えても、この経験が私に謙虚さや病気の認識、真面目に取り組む気持ちや現実、色んな事を気づかせてくれました。今でも思い出したくない一日ですが、あれが無ければ、その後の入院生活は無意味に過ごしたかもしれないし、今日という日がどう迎えていたかもわかりません。
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プロフィール

diehard0

Author:diehard0
2009年秋
健康診断
アルコール性肝臓疾患
糖尿病
他、異常値たくさん

2011年4月〜2011年5月
入院治療
肝臓疾患
慢性膵炎
糖尿病

2011年11月14日
アルコール依存症と診断
即日精神病院へ入院
休職の始まり

2011年12月27日〜03月30日
入院中も再三飲酒し転院措置
1回目のアルコール専門病院へ
医療保護入院


退院後も再飲酒
休職のまま自宅療養
連続飲酒の日々



2012年06月
入院治療を希望
心療内科へ相談
専門病院を予約

現時点で最後の飲酒

2012年07月2日〜年09月28日
2回目のアルコール専門病院へ
任意入院



2012年11月
復職に向けての自宅療養
ブログを始める



2013年01月
職場復帰

2013年3月
正式復職


断酒ポリシー
“最初の一杯を飲まない”

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アルコール依存症
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